006.クーリエとゼラフ
006.クーリエとゼラフ
狩人都市・アルテミスが誇る大衆食堂・オコワ。うら若き女将と、無数のお手伝いアイルーが経営する、客席を百席も有する大規模な食堂の一角に、リスタとシア、フレアと、依頼主である少年、そしてリスタとシアに追跡をバレた二人組のハンターが、運ばれてくるであろう料理を座して待っていた。「……名を訊く前に名乗っとくか。俺ァリスタ。見ての通り盾使いだ」テーブルに立てかけた小さな盾――片手剣用の盾であろう愛器を撫でながら告げるリスタ。「ボク、シア。太刀使い」ちょこんと席に腰掛けたまま、小さく顎を引くシア。「お、おれ、ギロウ」依頼主の少年がオドオドと頭を下げた。「よ、宜しく」「じゃ~あ~、次は~わたしだね~」 何故か同席している謎の少女――クロオビボウガンと呼ばれる、ハンターの教官が用いるライトボウガンを膝の上に載せながら、糸目を更に細めてのんびりと微笑んでいる。ライトブラウンの髪を後ろで短く纏めているが、癖っ毛なのか随所で跳ねていた。間延びした口調と言い、マイペースである事を全面に押し出している娘だ。「わたしぃ~、クーリエ、って言いま~す」はぁ~い、とゆっくりした所作で可愛く手を挙げる糸目の娘――クーリエ。「メインで使う武器はぁ~、ライトボウガンで~す。宜しくね~」「聞いてるだけで眠気が襲ってくるな……」欠伸交じりに応じるリスタ。「んで、そっちのとっぽい兄ちゃんは?」「我が真名を問うか、緋色の盾使いよ」 フッと前髪を跳ね除けながら応じる青年。肩に掛かる程に伸びた艶やかな銀髪は、跳ね除けてもすぐに右目を隠してしまう。赤み掛かったブラウンの瞳は妖しく光り、その胡乱気な美貌も相俟って、女性を誑し込みそうな奴だと思わずにいられない風貌を醸し出していた。 細身の割に、所持している武器はごつい――ボーンランスと呼ばれる、モンスターの骨素材で作られたランスを背に負っていた。「我が名はゼラフ。扱う武器は槍と盾。この重装なる盾にて皆々様を守護し、この尖鋭なる槍にてあらゆる不浄を穿ち貫く事を誓わん」席から立って、仰々しく一礼を見せる青年――ゼラフ。「どうか貴方の麾下に加わる事をお許し頂きたく」「……一々仰々しい野郎だな」しかめっ面でゼラフを見つめるリスタ。「それで? オタクらは俺達に何の用向きだ? 依頼の横取りでもしてェのか?」「ハッ、まさか」鼻で笑うゼラフ。「前言の通りさ。リスタ、君の麾下に加わりたい……共にその依頼を熟そうではないか!」「えっとねぇ~、わたし達~、お金に困っててぇ~……」ゼラフがカッコ良くポーズを決めている最中に、クーリエが人差し指をツンツンと突き合わせ、困った風に微笑む。「もう~、お腹が空いて~、倒れそうなの~」「…………」リスタがゼラフに視線を向ける。「フッ、俗な御言葉を手繰ればそうとも解釈できよう」銀髪で覆われた右目を覆うように左手を添えるゼラフ。「我らには活力が著しく不足している……リスタ、君の相伴として聖餐を共にしたいのさ!」「ゼラフ、お腹減ってる?」シアがコックリと小首を傾げる。「これ、食べる?」 ポーチの中から携帯食料を取り出すと、ゼラフの喉がゴクリと鳴り、涎が一筋顎に伝った。「……手懐けるか、この私を……ッ!」澄ました表情のままぷるぷる震えだすゼラフ。「供御で私を手懐けようとは、些か度し難いが……抗い難いのもまた事実。いただ――」「わーい、ありがと~♪」シアの手に有った携帯食料を先に手に取ったのはクーリエだった。ぺりぺりと包装を剥がし、ハムハムと小動物のように携帯食料を口にする。「んん~♪ 三日振りのごは~ん♪」「いただ……頂こう……か……」クーリエが食べている携帯食料を見つめながら、段々と背景が暗くなっていくゼラフ。「……否、否だとも。私の事には構わず、まずは輩が満たされるが良い。私には、構わず……」 段々と声が小さくなっていくゼラフが見ていて気の毒になってきたリスタは、自前のポーチを漁り、「ほれ、今から運ばれてくる料理を残さねェ程度に留めとけよ」携帯食料の束をゼラフに向かって投げた。「なッ、まさか君、本当に我ら奈落の申し子に供御を施してくれるのか……!?」携帯食料の束を抱えながら瞠目するゼラフ。「もしや貴様、生前は名の有る王族の生まれか……!?」「生前って……今はそう見えねェってか」ハッと鼻で笑うリスタ。「だが面白ェ切り返しだ、そんな褒め方をする奴ァ、未だかつて見た事無かったぜ」「独特にゃ言葉遣いをされておりますにゃけれど、貴方こそ名の有る王族にゃのでは……?」恐る恐ると言った態で話しかけるフレア。「そこなる高貴なにゃんこよ、そう煽てないでくれたまえ。幾ら私が天上を住処とする天使であったとしても、堕天してしまえば下界の者達が悲しむだろう……?」「にゃ、にゃにゃ……やはり高貴にゃ方にゃんでしょう、言っている言葉の意味の半分も理解できにゃいですにゃ……」「ハハハ、そう憂うな高貴なにゃんこよ。私の御言葉を十全理解できてしまえば、或いは君のような典麗なアイルーは心を奪われ、私の信者にならないとも限らない……」「……いや、何と無く言ってる事は分かるが、正直鳥肌レヴェルの頭のおかしさである事しか伝わらねェんだが……」「リスタ、凄い。分かるんだ、アレ」「分かるっつーか……いやまァそれは良いとして、オタクら、食事も摂れねェ程に貧窮してんのか?」携帯食料を貪り食べているクーリエに視線を向け、リスタは眼光を鋭くした。「だとしたら俺達がこれから受ける依頼はお門違いだぜ? 何せ依頼の報酬は今からこのテーブルに運ばれてくる料理で消えるんだからな」「もぐもぐ……そうなんだ~。もぐもぐ……」他人事のように応じるクーリエ。「もぐもぐ……」「そうなんだ~……ってお前……」「もぐもぐ……ゴクン」やっと携帯食料を一つ平らげると、クーリエはリスタに改めて顔を向けて、のほほんとした微笑を浮かべた。「ご飯をご馳走してくれて~、本当にありがと~! わたし達で良ければ~、その依頼~、手伝わせて欲しいの~」「……依頼が終わったら、あんたらまた無一文だぜ?」重ねるように、リスタは眉根を持ち上げる。「それでもか?」「勿論~。助けて貰った恩義は~、返さないとね~♪」リスタが醸し出す剣呑な雰囲気を根元から蒸発させるように、朗らかな笑みを見せるクーリエ。「ご飯の~、恩義は~、とっても大事なの~」「もぐもぐ……ゴクリ」隣で携帯食料を食べ終えたゼラフも、改めてポーズを決めて口を開く。「そうさ、困窮していた我らに救いの手を差し伸べたる救世の君よ。微力ながらも我ら、有りっ丈の助力を惜しまないさ。だから――」ポーズを切り替え、深々と頭を下げるゼラフ。「改めて、礼を言わせて欲しい、緋色の盾使い、黒曜の太刀使い。我ら道半ばで斃れ行く運命だった者。その歩みに手を差し伸べた、その事実のみで我らは矛を振るえる。そうだな、クーリエ?」「うんうん~。そうだね~」よく分かってなさそうなクーリエだった。「――リスタ」「それ以上言わなくても分かってるぜ」 シアの物言いたげな視線に、リスタが軽く手を振って制した。「お待ちどう様ですにゃ~!」「お待たせ致しましたにゃ~!」「若女将の絶品の数々をお届けにゃ~!」 次々に現れる割烹着姿のアイルー達が、テーブルの上に空腹を刺激する料理が載った皿を続々と増やしていく。 その光景を眺めながら、リスタは二人のハンターに挑戦的な笑みを覗かせて、告げた。「――分水嶺だ。こいつを食べたら、オタクらは俺らと一緒に高地に向かう事になる。よく考えろよ?」 リスタの挑戦を受けるように、二人は嬉しそうに頬を綻ばせ、確りと首肯を見せた。「早く、食べよう」「お前な……」 そんな雰囲気など意に介さず、シアがスプーンとフォークを両手で握り締めて、瞳を輝かせて料理に向かって涎を垂らしているのを見て、リスタが呆れた声を漏らす。「あ、あの……依頼の話、しても良い……?」 依頼人――ギロウが心配そうに手を挙げて、やっと自分達の世界に浸っていた事を思い出す一同なのだった。
◇◆◇◆◇
「――おれの姉ちゃん、来月にはアルテミスから越して行っちゃうんだ、旦那さんと一緒に。それでおれ、姉ちゃんが前に見た時、綺麗だなって言ってた、イワヒメ草って言う……ハンターさんの、素材……? を、見せてやりたくて、それで……!」 テーブルの上に大量に盛り付けられた料理の皿が全て厨房に戻って行ったのを見計らい、依頼主であるギロウは切羽詰まったように語り始めた。 ギロウの姉は以前、今の旦那に当たる彼と高地を訪れた際に、とても綺麗な白い花を見つけて、それを彼に取って来て貰い、今まで家の中で愛でていたのだが、一年ほど前に枯れてしまって以来、いつかもう一度見れたらいいな、と繰り返し呟いていたのだと言う。 旦那は元々行商人で、狩人都市・アルテミスに来たのも商売のためだったのだが、ギロウの姉と出会った事で互いに両想いの一目惚れ、あっと言う間に仲睦まじい逢瀬を交わすようになり、もう二年近くも一緒にいるのだが、今回その旦那に栄転の話が持ち掛けられ、ギロウの姉と一緒にアルテミスを離れる事になった。 それでギロウは餞別として、いつか見たと言うその白い花――恐らくはイワヒメ草と言うそれを、彼女に渡して喜ばせたいのだと言うのが、今回の依頼だった。 話を最後まで聞き届けたリスタは、「なるほどな、姉ちゃん想いじゃねェか、好きだぜそういうの」とギロウに笑いかけた。「あ、有り難う……」照れたのか咄嗟に俯くギロウ。「ほ、本当はおれが採ってくれば良い話なんだろうけど……」「ハンターの随伴無しで狩場への遠征は難しいだろう」牽制するように口を開いたのはゼラフだった。「依頼主は慧眼であると言って過言ではあるまいよ。我らハンターに至上の願いを託す……それでこそ、我ら狩人は生き繋げ、依頼主の破顔を拝める褒美を賜れる」「???」よく分かってない風に小首を傾げるギロウ。「え、えっと……?」「わたし達に任せておけば~、大丈夫~って事だよ~♪」ギロウの頭をポンポンと撫でるクーリエ。「大型モンスターを~、狩る訳じゃないから~、ラクショーラクショー♪」「安心して」ギロウに向かって握り拳を見せるシア。「ボク達、強いから」「お、お願いします……!」改めて頭を下げるギロウ。「あ、あと、それと、兄ちゃん……?」「ん?」リスタが片眉を持ち上げて剽げた表情を覗かせた。「どしたい?」「えっと、その……」席を立って、小走りにリスタに駆け寄り、耳に向かってポショポショと小声を吐き出した。「さっきの料理の代金、おれの報酬じゃ足りなくない……?」「カッ、細けェー事は良いんだよ坊主」ポン、とギロウの頭を撫でるリスタ。「前祝いだ前祝い。たらふく飯が食えりゃ、少しは気が紛らわせるかもだ」 リスタはそれ以上言及しなかったが、この場に居合わせる皆が空腹を感じていたのは事実だった。 ハンター業と言う不定休で且つ給金も一定ではない職に属するゼラフとクーリエは固より、依頼主であるギロウとて、あの薄給で依頼を行おうとした訳なのだから、もしかしたら……と考えない訳ではない。 リスタなりの気遣いなのかも知れないとギロウは感動し、「……あ、有り難う、兄ちゃん……!」と泣きそうになりながらも俯いて誤魔化した。 そんなギロウを改めてポンポンと撫でた後、「さてっと、お前らとっとと支度しな。報酬は前払いって事で今済ましたんだ、後は成すべきを為す、そうだろ」一同を見回し、顎で店の外を示した。「――臨むところ」スッと席を立ち、颯爽と店を出て行くシア。「後は、任せて」去り際に、ギロウにウィンクを見せた。「頑張りま~す」ふにゃ~ん、と挙手して、トコトコとシアを追い駆けるクーリエ。「ギロウ君は~、安心して待っててね~♪」去り際に、ギロウに向かって手を小さく振った。「……くどいようだが、改めて訊くぜ、緋色の君」リスタと擦れ違い様に小声で尋ねるゼラフ。「私達を連れて……良いんだな?」「――くどいようだが、改めて答えてやんよ、ゼラフ」ギロウの頭を撫でながら立ち上がったリスタは、肩越しにゼラフに笑いかけた。「これでも信頼してんだ、それなりに応えてくれよ?」 ゼラフを通り越して店を出て行くリスタに、銀髪の青年は小さく苦笑を零すと、「……あぁ、応えてやるとも、我が手腕にて」髪を掻き上げ、その後に続くのだった。「……えぇと、カッコ付けずにはいられにゃい方ばかりで申し訳にゃいですにゃ……ギロウ様は、フレアと一緒に、大人しく彼らの帰りを待ちましょうにゃ!」「う、うん!」 やれやれと呆れ返った様子のフレアに、ギロウは嬉しそうに笑い返し、狩場へ向かった四人の背中を見送る。 とても初心者や新米と呼べないような、歴戦のツワモノの様相を呈するその後ろ姿に、ギロウは仄かに羨望を懐いてしまう。 あぁ自分も、こんなカッコイイ大人になれないかな――――と。
狩人都市・アルテミスが誇る大衆食堂・オコワ。うら若き女将と、無数のお手伝いアイルーが経営する、客席を百席も有する大規模な食堂の一角に、リスタとシア、フレアと、依頼主である少年、そしてリスタとシアに追跡をバレた二人組のハンターが、運ばれてくるであろう料理を座して待っていた。
「……名を訊く前に名乗っとくか。俺ァリスタ。見ての通り盾使いだ」テーブルに立てかけた小さな盾――片手剣用の盾であろう愛器を撫でながら告げるリスタ。
「ボク、シア。太刀使い」ちょこんと席に腰掛けたまま、小さく顎を引くシア。
「お、おれ、ギロウ」依頼主の少年がオドオドと頭を下げた。「よ、宜しく」
「じゃ~あ~、次は~わたしだね~」
何故か同席している謎の少女――クロオビボウガンと呼ばれる、ハンターの教官が用いるライトボウガンを膝の上に載せながら、糸目を更に細めてのんびりと微笑んでいる。ライトブラウンの髪を後ろで短く纏めているが、癖っ毛なのか随所で跳ねていた。間延びした口調と言い、マイペースである事を全面に押し出している娘だ。
「わたしぃ~、クーリエ、って言いま~す」はぁ~い、とゆっくりした所作で可愛く手を挙げる糸目の娘――クーリエ。「メインで使う武器はぁ~、ライトボウガンで~す。宜しくね~」
「聞いてるだけで眠気が襲ってくるな……」欠伸交じりに応じるリスタ。「んで、そっちのとっぽい兄ちゃんは?」
「我が真名を問うか、緋色の盾使いよ」
フッと前髪を跳ね除けながら応じる青年。肩に掛かる程に伸びた艶やかな銀髪は、跳ね除けてもすぐに右目を隠してしまう。赤み掛かったブラウンの瞳は妖しく光り、その胡乱気な美貌も相俟って、女性を誑し込みそうな奴だと思わずにいられない風貌を醸し出していた。
細身の割に、所持している武器はごつい――ボーンランスと呼ばれる、モンスターの骨素材で作られたランスを背に負っていた。
「我が名はゼラフ。扱う武器は槍と盾。この重装なる盾にて皆々様を守護し、この尖鋭なる槍にてあらゆる不浄を穿ち貫く事を誓わん」席から立って、仰々しく一礼を見せる青年――ゼラフ。「どうか貴方の麾下に加わる事をお許し頂きたく」
「……一々仰々しい野郎だな」しかめっ面でゼラフを見つめるリスタ。「それで? オタクらは俺達に何の用向きだ? 依頼の横取りでもしてェのか?」
「ハッ、まさか」鼻で笑うゼラフ。「前言の通りさ。リスタ、君の麾下に加わりたい……共にその依頼を熟そうではないか!」
「えっとねぇ~、わたし達~、お金に困っててぇ~……」ゼラフがカッコ良くポーズを決めている最中に、クーリエが人差し指をツンツンと突き合わせ、困った風に微笑む。「もう~、お腹が空いて~、倒れそうなの~」
「…………」リスタがゼラフに視線を向ける。
「フッ、俗な御言葉を手繰ればそうとも解釈できよう」銀髪で覆われた右目を覆うように左手を添えるゼラフ。「我らには活力が著しく不足している……リスタ、君の相伴として聖餐を共にしたいのさ!」
「ゼラフ、お腹減ってる?」シアがコックリと小首を傾げる。「これ、食べる?」
ポーチの中から携帯食料を取り出すと、ゼラフの喉がゴクリと鳴り、涎が一筋顎に伝った。
「……手懐けるか、この私を……ッ!」澄ました表情のままぷるぷる震えだすゼラフ。「供御で私を手懐けようとは、些か度し難いが……抗い難いのもまた事実。いただ――」
「わーい、ありがと~♪」シアの手に有った携帯食料を先に手に取ったのはクーリエだった。ぺりぺりと包装を剥がし、ハムハムと小動物のように携帯食料を口にする。「んん~♪ 三日振りのごは~ん♪」
「いただ……頂こう……か……」クーリエが食べている携帯食料を見つめながら、段々と背景が暗くなっていくゼラフ。「……否、否だとも。私の事には構わず、まずは輩が満たされるが良い。私には、構わず……」
段々と声が小さくなっていくゼラフが見ていて気の毒になってきたリスタは、自前のポーチを漁り、「ほれ、今から運ばれてくる料理を残さねェ程度に留めとけよ」携帯食料の束をゼラフに向かって投げた。
「なッ、まさか君、本当に我ら奈落の申し子に供御を施してくれるのか……!?」携帯食料の束を抱えながら瞠目するゼラフ。「もしや貴様、生前は名の有る王族の生まれか……!?」
「生前って……今はそう見えねェってか」ハッと鼻で笑うリスタ。「だが面白ェ切り返しだ、そんな褒め方をする奴ァ、未だかつて見た事無かったぜ」
「独特にゃ言葉遣いをされておりますにゃけれど、貴方こそ名の有る王族にゃのでは……?」恐る恐ると言った態で話しかけるフレア。
「そこなる高貴なにゃんこよ、そう煽てないでくれたまえ。幾ら私が天上を住処とする天使であったとしても、堕天してしまえば下界の者達が悲しむだろう……?」
「にゃ、にゃにゃ……やはり高貴にゃ方にゃんでしょう、言っている言葉の意味の半分も理解できにゃいですにゃ……」
「ハハハ、そう憂うな高貴なにゃんこよ。私の御言葉を十全理解できてしまえば、或いは君のような典麗なアイルーは心を奪われ、私の信者にならないとも限らない……」
「……いや、何と無く言ってる事は分かるが、正直鳥肌レヴェルの頭のおかしさである事しか伝わらねェんだが……」
「リスタ、凄い。分かるんだ、アレ」
「分かるっつーか……いやまァそれは良いとして、オタクら、食事も摂れねェ程に貧窮してんのか?」携帯食料を貪り食べているクーリエに視線を向け、リスタは眼光を鋭くした。「だとしたら俺達がこれから受ける依頼はお門違いだぜ? 何せ依頼の報酬は今からこのテーブルに運ばれてくる料理で消えるんだからな」
「もぐもぐ……そうなんだ~。もぐもぐ……」他人事のように応じるクーリエ。「もぐもぐ……」
「そうなんだ~……ってお前……」
「もぐもぐ……ゴクン」やっと携帯食料を一つ平らげると、クーリエはリスタに改めて顔を向けて、のほほんとした微笑を浮かべた。「ご飯をご馳走してくれて~、本当にありがと~! わたし達で良ければ~、その依頼~、手伝わせて欲しいの~」
「……依頼が終わったら、あんたらまた無一文だぜ?」重ねるように、リスタは眉根を持ち上げる。「それでもか?」
「勿論~。助けて貰った恩義は~、返さないとね~♪」リスタが醸し出す剣呑な雰囲気を根元から蒸発させるように、朗らかな笑みを見せるクーリエ。「ご飯の~、恩義は~、とっても大事なの~」
「もぐもぐ……ゴクリ」隣で携帯食料を食べ終えたゼラフも、改めてポーズを決めて口を開く。「そうさ、困窮していた我らに救いの手を差し伸べたる救世の君よ。微力ながらも我ら、有りっ丈の助力を惜しまないさ。だから――」ポーズを切り替え、深々と頭を下げるゼラフ。「改めて、礼を言わせて欲しい、緋色の盾使い、黒曜の太刀使い。我ら道半ばで斃れ行く運命だった者。その歩みに手を差し伸べた、その事実のみで我らは矛を振るえる。そうだな、クーリエ?」
「うんうん~。そうだね~」よく分かってなさそうなクーリエだった。
「――リスタ」「それ以上言わなくても分かってるぜ」
シアの物言いたげな視線に、リスタが軽く手を振って制した。
「お待ちどう様ですにゃ~!」「お待たせ致しましたにゃ~!」「若女将の絶品の数々をお届けにゃ~!」
次々に現れる割烹着姿のアイルー達が、テーブルの上に空腹を刺激する料理が載った皿を続々と増やしていく。
その光景を眺めながら、リスタは二人のハンターに挑戦的な笑みを覗かせて、告げた。
「――分水嶺だ。こいつを食べたら、オタクらは俺らと一緒に高地に向かう事になる。よく考えろよ?」
リスタの挑戦を受けるように、二人は嬉しそうに頬を綻ばせ、確りと首肯を見せた。
「早く、食べよう」「お前な……」
そんな雰囲気など意に介さず、シアがスプーンとフォークを両手で握り締めて、瞳を輝かせて料理に向かって涎を垂らしているのを見て、リスタが呆れた声を漏らす。
「あ、あの……依頼の話、しても良い……?」
依頼人――ギロウが心配そうに手を挙げて、やっと自分達の世界に浸っていた事を思い出す一同なのだった。
◇◆◇◆◇
「――おれの姉ちゃん、来月にはアルテミスから越して行っちゃうんだ、旦那さんと一緒に。それでおれ、姉ちゃんが前に見た時、綺麗だなって言ってた、イワヒメ草って言う……ハンターさんの、素材……? を、見せてやりたくて、それで……!」
テーブルの上に大量に盛り付けられた料理の皿が全て厨房に戻って行ったのを見計らい、依頼主であるギロウは切羽詰まったように語り始めた。
ギロウの姉は以前、今の旦那に当たる彼と高地を訪れた際に、とても綺麗な白い花を見つけて、それを彼に取って来て貰い、今まで家の中で愛でていたのだが、一年ほど前に枯れてしまって以来、いつかもう一度見れたらいいな、と繰り返し呟いていたのだと言う。
旦那は元々行商人で、狩人都市・アルテミスに来たのも商売のためだったのだが、ギロウの姉と出会った事で互いに両想いの一目惚れ、あっと言う間に仲睦まじい逢瀬を交わすようになり、もう二年近くも一緒にいるのだが、今回その旦那に栄転の話が持ち掛けられ、ギロウの姉と一緒にアルテミスを離れる事になった。
それでギロウは餞別として、いつか見たと言うその白い花――恐らくはイワヒメ草と言うそれを、彼女に渡して喜ばせたいのだと言うのが、今回の依頼だった。
話を最後まで聞き届けたリスタは、「なるほどな、姉ちゃん想いじゃねェか、好きだぜそういうの」とギロウに笑いかけた。
「あ、有り難う……」照れたのか咄嗟に俯くギロウ。「ほ、本当はおれが採ってくれば良い話なんだろうけど……」
「ハンターの随伴無しで狩場への遠征は難しいだろう」牽制するように口を開いたのはゼラフだった。「依頼主は慧眼であると言って過言ではあるまいよ。我らハンターに至上の願いを託す……それでこそ、我ら狩人は生き繋げ、依頼主の破顔を拝める褒美を賜れる」
「???」よく分かってない風に小首を傾げるギロウ。「え、えっと……?」
「わたし達に任せておけば~、大丈夫~って事だよ~♪」ギロウの頭をポンポンと撫でるクーリエ。「大型モンスターを~、狩る訳じゃないから~、ラクショーラクショー♪」
「安心して」ギロウに向かって握り拳を見せるシア。「ボク達、強いから」
「お、お願いします……!」改めて頭を下げるギロウ。「あ、あと、それと、兄ちゃん……?」
「ん?」リスタが片眉を持ち上げて剽げた表情を覗かせた。「どしたい?」
「えっと、その……」席を立って、小走りにリスタに駆け寄り、耳に向かってポショポショと小声を吐き出した。「さっきの料理の代金、おれの報酬じゃ足りなくない……?」
「カッ、細けェー事は良いんだよ坊主」ポン、とギロウの頭を撫でるリスタ。「前祝いだ前祝い。たらふく飯が食えりゃ、少しは気が紛らわせるかもだ」
リスタはそれ以上言及しなかったが、この場に居合わせる皆が空腹を感じていたのは事実だった。
ハンター業と言う不定休で且つ給金も一定ではない職に属するゼラフとクーリエは固より、依頼主であるギロウとて、あの薄給で依頼を行おうとした訳なのだから、もしかしたら……と考えない訳ではない。
リスタなりの気遣いなのかも知れないとギロウは感動し、「……あ、有り難う、兄ちゃん……!」と泣きそうになりながらも俯いて誤魔化した。
そんなギロウを改めてポンポンと撫でた後、「さてっと、お前らとっとと支度しな。報酬は前払いって事で今済ましたんだ、後は成すべきを為す、そうだろ」一同を見回し、顎で店の外を示した。
「――臨むところ」スッと席を立ち、颯爽と店を出て行くシア。「後は、任せて」去り際に、ギロウにウィンクを見せた。
「頑張りま~す」ふにゃ~ん、と挙手して、トコトコとシアを追い駆けるクーリエ。「ギロウ君は~、安心して待っててね~♪」去り際に、ギロウに向かって手を小さく振った。
「……くどいようだが、改めて訊くぜ、緋色の君」リスタと擦れ違い様に小声で尋ねるゼラフ。「私達を連れて……良いんだな?」
「――くどいようだが、改めて答えてやんよ、ゼラフ」ギロウの頭を撫でながら立ち上がったリスタは、肩越しにゼラフに笑いかけた。「これでも信頼してんだ、それなりに応えてくれよ?」
ゼラフを通り越して店を出て行くリスタに、銀髪の青年は小さく苦笑を零すと、「……あぁ、応えてやるとも、我が手腕にて」髪を掻き上げ、その後に続くのだった。
「……えぇと、カッコ付けずにはいられにゃい方ばかりで申し訳にゃいですにゃ……ギロウ様は、フレアと一緒に、大人しく彼らの帰りを待ちましょうにゃ!」
「う、うん!」
やれやれと呆れ返った様子のフレアに、ギロウは嬉しそうに笑い返し、狩場へ向かった四人の背中を見送る。
とても初心者や新米と呼べないような、歴戦のツワモノの様相を呈するその後ろ姿に、ギロウは仄かに羨望を懐いてしまう。
あぁ自分も、こんなカッコイイ大人になれないかな――――と。
🌟後書
カッコつけばかりなので勘違いしそうになりますが、全員新米ハンターのような装備なので、実質新米ハンターである事をお忘れなく(笑)。 新米と言っても、単に無名なだけでリスタ君やシアちゃんは尋常ならざる実力を有している訳なので、そういう意味では新米ハンターとは言えないのですけれど、傍目には全員新米ハンターと見られている、と言う事ですね! 臨時の仲間としてクーリエちゃんとゼラフ君が同道する事になりましたが、果たしてどう噛み合ってくれるのか…! 盾使い、太刀使い、ランス使い、そしてライトボウガン使いと、中々バランスの取れたパーティだと思いますが果たして…! ところでゼラフ君の喋っている言葉が中二的過ぎて自分でも何を言ってるのか分からない事が有りますので、「何言ってんだこいつ??」と見守って頂けたら幸いですwww(笑) と言った所で今回はこの辺で! ここまでお読み頂き有り難う御座いました!
🌸以下感想
とみ
更新お疲れ様ですvv
みんなカッッコいいですね。
やせ我慢したってカッコつけなきゃいけないのが、少年誌ですwみんなちゃんと実践できてて偉いぞ!
ゼラフくんは途中から斜め読みに変更したので大丈夫です!(オイオイw
彼らの活躍はやく読みたいですぞ!!
今回も楽しませていただきました~!
次回も楽しみにしてますよーv
2024年1月27日土曜日 20:18:06 JST
夜影
>とみちゃん
感想コメント有り難う御座います~!(´▽`*)
みんなカッッコいいでしょでしょ!!
やせ我慢したってカッコつけなきゃいけないのが少年誌!wwwほんそれ!wwww解像度が一緒で安心感が違うぜ…!wwww
斜め読みされてるの笑うしかないwwwwwwwwゼラフ君、心を強く持って…!wwwwww(笑)
彼らの活躍、今しばらくお待ちくだされ…!!
今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!
次回もぜひぜひお楽しみに~!!
2024年1月27日土曜日 20:29:20 JST
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