第8話 おかしな冒険者と不審者
第8話 おかしな冒険者と不審者
レインキャッチャー樹林に入り、セクレアさんが真っ先に目指したのは水場……川辺や、自然のダムで出来上がった水溜まりなどだった。
「自然の只中に身を隠すっつーんなら、まずは水辺を探すのがマストだな。人間っつーのは、水がねぇと最低限の生活すら覚束無くなるもんだからな」
そう言いながらセクレアさんは地べたに這いつくばって、地面や野草の隙間を縫うように視線を凝らしている。
何をしているんだろうと眺めていると、セクレアさんは四つん這いになった状態でスンスン鼻を引くつかせたりした後、周囲を伺うように視線を巡らせる。
「…………さて、じゃあもう少し奥に行ってみるか」全身に付着した泥を拭おうともせずにヌハに歩み寄り、私に声を掛けるセクレアさん。「強盗団本人かは分からねえが、何人かここに潜んでるぜ」
「潜んでる……」
身を隠して、どこかで息を潜めている何者かが、この樹林の中に紛れていると言う事だ。
不意に恐ろしいと感じる気持ちが湧き出す。相手は強盗団。海賊を襲撃して、帝国軍の最新型炸薬を強奪する程の強者だ。セクレアさんはともかく、私なんかが遭遇したら為す術も無く殺されてしまうのではないか……そんな恐ろしい妄想が頭を回り始める。
今更だけど、話し相手云々ではなく、シンプルに私の身の安全が危な過ぎるのでは……?? 本当に今更だけど……
「クエー!(ウイは僕が守るから安心して!)」ヌハが軽快に鳴いて、スリスリと頭を私に擦ってきた。
「わ、有り難う、ヌハ……」嬉しくて思わずヌハを撫で返してしまう。
「お、何だヌハ、オレにそんな甘えた声出すの聞いた事ねーぞ」セクレアさんが不機嫌そうに口唇を尖らせる。「何だお前~、浮気か~? 許さんぞこら~」
「クエェ?(浮気って…もっと甲斐性見せてよ甲斐性)」ヌハが呆れた表情で鼻で笑ってる……。
「おいウイ、こいつ今舐めた口利いただろ? 何て言ったか教えて?」ニコニコ笑いながらも額に青筋が走ってる、恐ろしい形相のセクレアさんだ。
「あは、あはは……」流石に応えられなくて苦笑で誤魔化す事にする私なのでした。
◇◆◇◆◇
半日ほど、水辺を中心に歩き詰め、日が少しずつ傾いてきた頃、セクレアさんが「ヨシ、今日の探索はここまで! 野営の準備するかー」と背伸びを始めた。
「え? まだまだ明るいですけど……」まだ夕方と言うにも早い時間帯だと思うのに、どうしたんだろうとセクレアさんを見つめる。「もう辞めちゃうんですか?」
「こういうジャングルみてえな場所は、日が暮れる前に視界が無くなっちまう。そうなりゃ迂闊に動くのは野生の魔獣の餌になるも同然だ。ある程度開けた視界を確保しつつ、火を熾してご飯タイムだ。まぁ待ってろ、何か見つけてくるから、それまでウイはそこで待機な。ヌハから離れるなよ?」
そう言い残して、セクレアさんは自分の背丈と同じぐらいの高さの雑草を掻き分けて姿を消した。
野鳥や魔獣の鳴き声が遠くに聞こえる、ちょっぴり薄暗い樹林の只中で、ヌハと二人きり。
「クエェ(心配しないで、僕が守るからね)」
ヌハがスリスリと頻りに私の頬に頭を擦ってくるけど、もしかしたら愛情表現……どころか、母鳥みたいな感覚で、私を雛か何かと勘違いされてるのかも知れないと、薄々思い始めた。
可愛いので「ありがとね、ヌハ」と頭を撫で返すと、ヌハは気持ち良さそうに鳴いてぷるぷる震える。
「――そうだ、火を熾すんだったら、薪が要るよね。ヌハ、ちょっと探してみない?」
手持ち無沙汰なのを解消したくて、そうヌハに声を掛けると、ヌハは「クエ!(良いね、セクレアに良いとこ見せちゃおう!)」と楽しそうに鳴いてくれた。
あんまり離れ過ぎないように、地面に落ちてる枝や草を拾い集め始めて、少しした頃だった。
「……ん?」
段々と視界が暗くなっていくのが目に見えて分かる。まだ時間帯的には夕暮れと言える頃に入ったばかりなのに、もう辺り一帯が薄暗く彩度を落としている。
ともすればすぐ近くに居るであろうヌハを見失いそうなる程の暗さだ。セクレアさんは、この事を危惧していたんだ。
慌てて水辺に戻ろうとして――視界にふと、何かが映り込んだ気がして、振り返る。
天を覆い尽くさんばかりの樹木と、雑草が所狭しと視界を潰している以外に、変なところは無い。
「……気のせいかな?」
独り言を呟いて、ヌハに声を掛けようと口を開きかけたタイミングで、気づいた。
大樹の陰に、見える。
人の、足だ。
「――――――ッ!」
大樹に背をもたれかけている、誰かが居る。
セクレアさんなら、こんなところで休憩していないだろう。そもそも、向かった先が真逆なのだから。
もしかして……もしかしたら、強盗団を探しに来た冒険者が休息をしている……いやいや、そうじゃない、流石に私でも分かる。
たぶん、強盗団の一人だ。
私に見つからないように隠れているつもりで、私にバレた事にまだ気づいていない、互いに緊張の糸が張り詰めた状態。
ゴクリ、と生唾を呑み込む。
ヌハを呼ぶべきか。いや、セクレアさんを呼びに戻るべきか。でもそんな事をしたら逃げられないだろうか。
私が非戦闘員だと分かれば、もしかしたら殺されはしないとか……流石に甘い考え過ぎるかな……
「……ッ」
大樹の陰に隠れた人影が、一瞬呻いた気配がした。
もしかして、怪我をしている……? 海賊を襲撃して、その足で逃げてきたんだ、そりゃ怪我の一つもするかも……?
怪我をしてるなら逃げられない……? いやでも、怪我が悪かったら、もしかしたら呼びに行ってる間に倒れちゃうかも……!
「あ……あの!」
逡巡した結果、私は大樹の陰にも聞こえる声量で、大声を上げた。
大樹の陰に隠れた何者かは一瞬だけ震えた後、耳を澄ましているような気配で静かに佇んでいる。
「えと……怪我……してませんか……? じゃなくて! えぇと、私、ウルダハの錬金術師で……でもなくて、ええと……!」どう声を掛けたら良いか訳が分からなくなっていた。「ポ、ポーション! ここに置いておきます! あ、私一口飲みますね! くぴ……ふぅ。こ、この通り、毒じゃないので! 怪我が酷かったら、つ、使ってください!」
「…………」
大樹の陰に隠れた何者かは動かない。もしかして、怪我が悪化して……?
もう混乱の極地に有った私は、咄嗟にポーションを持って大樹の陰まで駆け込んで――――長身の人影、エレゼン族の男と、目を合わせた。
旅衣装の、右肩辺りが赤黒く変色している。そこを押さえて呼気を乱していたエレゼン族の男は、私を見下ろして、――鋭く睨みつけた。
「――失せろ」
「や、やっぱり怪我してるじゃないですか! このポーション、使ってください! 効能は保証します!」
「…………」
エレゼン族の男は険しい表情のまま私を睨み据えていたが、やがて鼻息を盛大に吐き出すと、ポーションを掠め取るように奪い、旅衣装の上から振り撒いた。
「……これで満足か?」
「え、あ、えと……」
「……まだ何か有るのか?」
鋭く睨みつけられて、まるで蛇に睨まれた蛙みたいに絶句してしまう。
怖い。怖いのは確かにそうだけど、本当に怖いのか? って疑問符が生まれた。
エレゼン族の男は肩口の痛みが引いてきたのか、少しだけ顔色を良くして、そのまま立ち去ってしまうような気配が有った。
「あ、あの!」
エレゼン族の男は鬱陶しそうに私を振り返ると、険しい表情で睨み据える。
「……何だ?」
「ご……ご飯、一緒に……ど、どうですか……?」
自分でももう何を言ってるのか訳が分からなかったけれど、エレゼン族の男は輪を掛けて理解不能だったのだろう、険しい表情が困惑の色に変わり、どう返答して良いのか迷っている様子だった。
「何を言って……」
「おーう、ウイどこ行ったかと思いやこんなところに……」
エレゼン族の男が困惑した声を上げるのと、セクレアさんが雑草を掻き分けて現れたのは同時だった。
互いに相手を視認すると、エレゼン族の男は焦った表情を浮かべ、セクレアさんは驚いたような表情を返した。
「ウイ、誰だそいつ」驚いた表情をあっと言う間に内に戻し、エレゼン族の男を指差すセクレアさん。「アンタ何者だ?」
「…………」
エレゼン族の男は忌々しそうに私を睨み据えた後、逃げ腰になるも、「おい、勝手に動くな。質問に答えろ。“オレはまだ何も知らねえ”。説明してくれ」と、背に負っていた大鎌に手を触れてセクレアさんが鋭い視線をエレゼン族の男に向ける。
「あ、あの、あの!」
終始混乱したままの私は、セクレアさんに向かって、アタフタと慌てながら言葉にする。
「ご、ご飯! ご飯に誘ってました!」
「ご飯に?」「おい、それ本気で……」
セクレアさんが不思議そうに小首を傾げ、エレゼン族の男は困惑した様子で声を漏らし、私は、「そ、そうです! 怪我もされてるみたいなので、ご飯を食べて、元気になって欲しくて!」と目がぐるぐるになったまま戻らなかった。
「ほうほう。なるほどな」セクレアさんは納得したように頷くと、エレゼン族の男に改めて視線を向ける。「と言う訳らしいが、どうだ? ご飯、一緒に食わねえか?」
「……何を言って、」「い、良いんですか!?」
エレゼン族の男が困惑を極めていく中で、私が思わずと言った様子で叫んでしまった。
「良いんですかって、お前が誘ったんだろーがよ」苦笑を浮かべるセクレアさん。「オレは構わねえぜ。アンタがオレらに危害を加えねえってんなら、オレらもアンタに敵意は向けねえ。ご飯ならすぐに出来る。“逃げるにしても”、腹ごしらえは必要じゃねえか?」
ニヤリと笑いかけ、エレゼン族の男は一瞬冷たい瞳を覗かせたが、諦めたように肩を竦めると、「……おかしな冒険者だ。良いだろう、そこの娘から貰ったポーションの分ぐらいは、付き合おう」と、セクレアに向かって歩み寄って来た。
私はもう興奮のあまり止まっていた息を盛大に吐き出して、「良かったぁ……」と涙が出そうになった。
そんな私をセクレアさんは面白そうに見つめ、エレゼン族の男は呆れた様子で見つめるのだった。
🌠後書
丁度10日振りの最新話更新になります! お待たせ致しましたーッ!
今回は終始ウイちゃんの暴走回ですw 若葉冒険者だからこその、何をしたら良いか分からない、こういう時はどうしたら良いんだ、が意思疎通方面で爆発してしまった奴です(笑)。
私もチャットやBlogに不慣れな時は「それは言わんで良い事~!」とか「それは言っちゃダメぇ~!」とか「どうしてそんな事言うの!?」とか、散々やり倒してきましたとも! え? 今もそう? 今もそうか! ガハハ!(死)
と言う訳で少しずつパーティも賑やかになってきました! ウイちゃんが辿る冒険者の旅路、どうぞ心行くまでお楽しみくださいませ!w
と言った所で今回はこの辺で! ここまでお読み頂き有り難う御座いました!
更新お疲れ様ですvv
返信削除いやぁ~見ず知らずのいかにも怪しい奴をご飯に誘っちゃうとかさすが名家の出身、器が違いますなw
そして強盗団までもねじ伏せて配下にしてしまい、駕礼魔阿溜帝国を名乗りエオルゼアの真なる王となるのですよね!(白目
相変わらず胸がすっとするほどの暴走っぷりが頼もしいウイちゃんwセクレアさんも相当楽しんでるのではないかとww
どんどん膨らんでいってフルパーティーとかになっちゃったら大変だな…(いらぬ心配
今回も楽しませていただきました!
次回も楽しみにしてますよーv
>とみちゃん
削除感想コメント有り難う御座います~!(´▽`*)
それwwwwww名家の出身やら器が違うやらでもう笑い転げてますwwwwwwww(笑)
ガレマール帝国じゃなくて駕礼魔阿溜帝国!?!?!wwww新しい国立ち上げるのヤバ過ぎでは!?!?!wwwwwwww(笑) しかもそれ絶対にガレマール帝国黙っちゃいませんよそれ!wwww(笑)
胸がすっとするほどの暴走っぷりが頼もしいwwwwそう、セクレアさん絶対にこの状況を楽しんでるまで有りますww次は何をやらかしてくれるんだろうと、もう瞳を✨させてますよ絶対…!ww(笑)
フルパーティーwww4人どころか8人まで膨らんで行ったら、どんな混沌が待ち受けているのか、今から楽しみ過ぎますね…!www
今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!(´▽`*)
次回もぜひぜひお楽しみに~!!