第1話 程々に懲らしめて、程々に暮らしたいミコッテさん
第1話 程々に懲らしめて、程々に暮らしたいミコッテさん
「――あーっ、疲れた体にエールが効くぅ……!」
海都こと、リムサ・ロミンサの上甲板層に在る酒場件冒険者ギルドの、“溺れた海豚亭”にて。
ミコッテの女冒険者が、クタクタの態でエールをカッ喰らっていた。
テーブルに運ばれてきた出来立ての“ミコッテ風山の幸串焼”を口に運び、更にエールを呷る。
「あー……生きてるって感じがする……」
ミコッテの冒険者――ツバキは虚ろな目で呟くと、ぐてぇーっとテーブルに突っ伏した。
「今日はぁ……えぇっと……ギルドリーヴ幾つ熟したんだっけ……」ツバキは上体を起こして懐に納めていたギルドリーヴの書類をテーブルに並べる。「えぇーっと……そうそう、クリームをブルゲール商会のバンゴ・ザンゴさんに納品したし、レッドルースター農園のパックラット退治もした……これだけやって、今日の稼ぎが……計算すると……千二百ギル……」
はぁ~……っと疲れ切った嘆息がミコッテの口から吐き出される。
「串焼一本三十五ギル、エール一杯十五ギル……やったぁ~千百ギルも残るぞぉ~……」
言ってて虚しくなったのか、ツバキは惚けた顔を暫しした後、ジョッキのエールを一気に干した。
「カァ~ッ! 考えてみたら今日だけで千二百ギル稼げただけで偉い、頑張った私! だからもう一杯ずつおかわりしよう! すみませーん! 串焼とエール一つずつ追加でーっ!」
「おうよー!」
店主のバデロンの威勢の良い応答に、ツバキは落ち着いたように改めてギルドリーヴの書類の束を整理する。
「急ぎの傭兵稼業と製作家業を纏めないとなー。……うあ、ブルゲール商会の依頼まだ有った……塩漬け肉の為の“食塩”かぁ……岩塩はどこで売ってたっけ……」
「はいお待ち!“ミコッテ風山の幸串焼”とキンキンに冷えたエールだよ!」
ミコッテの店員が軽やかなステップで串焼とジョッキをテーブルに置き、チラッとばら撒かれた依頼書の束を見やる。
「おいおい、仕事溜まってるなぁ。そんなに稼いでどうすんだい、まさかレストラン“ビスマルク”に鞍替えしようとでもしてんのかい?」
「え? あー、いや、最近ミスト・ヴィレッジのアパルトメントの一室を買っちゃってさ、懐が寂しいのよ……」
「何だぁ、自慢かよ。道理で最近宿屋に泊まってねぇと思ったら……ま、今まで通りここを愛用してくれてんなら何も言う事ぁ無いな。稼いだギルはたんまりここ、“溺れた海豚亭”に落としてってくれよ、冒険者さん♪」
バンバン、と背中を叩いて去っていく給仕を見送り、ツバキは「ははは……」と乾いた笑い声を返した。
――冒険者を始めて、日は浅い。
寂れ切った村を飛び出し、冒険者になっていつか悠々自適な生活を……! と思いながら遮二無二頑張った。初めは村で使っていた斧で活動していたが、やがて双剣士ギルドに目が留まり、一ヶ月近く働いた功績が認められ、アパルトメントも買えて…………
まだまだ途上、これからが本番だと言うのは分かっているつもりだが、これ以上稼いで、変な奴に目を付けられたくない、と言うのも有る。
「……なーんで私、冒険者になろうと思ったんだっけ……」
エールの入ったジョッキを傾けながら、ふと考える。
きっと誰にでも有る、何でも無い事だったのだ。偶々村に立ち寄った冒険者がカッコ良かったとか、あまりの強さに目を奪われたとか、お菓子を譲って貰ったとか、そういう感じの。
立ち返っても、どこにでも居る冒険者でしかないと言う自覚は有る。
光の戦士と言う、冒険者が一度は憧れるであろう名誉の先に有る存在を夢見たが、己の実力と、努力の振れ幅が理解できてくる内に、静かな挫折も味わった。
悠々自適な生活……とまではいかないかも知れない。けれど、自分の巣を用意できただけでも、充分な大成だと思う。
そう幾度と無く言い聞かせても、……どこか虚しい。
「うにゃぁ……エールが回ってきたかなぁ……」
酔い潰れそうな気配を察し、余った串焼を口内に放り込むと、代金であるギルをテーブルに置き、「ごちそうさまでしたー!」と給仕に聞こえるように吼えた後、ヨタヨタと“溺れた海豚亭”を後にする。
エール二杯ですっかり酩酊するとは思わず、ツバキはこのまま海上に落下して大惨事を起こさないようにと、甲板の中央を歩くも、よたた、よたた、とふらついてしまう。
「ひゃぁ~、こんなに酔いが回るの、久し振りぃ~」
このままミスト・ヴィレッジのアパルトメントまで帰るのは無理だと判断したツバキは、進路変更し、八分儀広場へ。
ベンチまで辿り着くと、最早立っている事も叶わず、べたぁーっと寝そべってしまう。
「あー……考えてみたら、ずっと働き詰めだったもんなぁ……疲れが全部、出ちゃったのかなぁ……」
最早目も開けられず、そのまま眠りの世界へ――――
…………
…………………………
◇◆◇◆◇
「――おい、あのミコッテ」
「あぁ、今が狙い目だろ」
八分儀広場の隅でひそひそと密談を交わす、フードを目深に被った男二人組の視線の先には、酔い潰れたミコッテの冒険者の姿が有った。
二人は頷き合い、静かな足取りで彼女が寝床にしているベンチに歩み寄る。
距離はあっと言う間に縮まり、彼女が眠るベンチに腰掛け――ようとして、ミコッテの胸倉を弄ると、――ギルの入った袋を盗み出す。
見張り役に徹していた男がそれを確認して、頷くと、二人組は何事も無かったようにそそくさとその場を後にして行く。
夜闇の中、一瞬の出来事であったそれらは、道を行き交う冒険者や海賊達の意識に上る事は無い。
誰も知らない間に、完全犯罪は成し遂げられた――――筈だった。
ギラリと輝く、ツバキの瞳が開かなければ。
◇◆◇◆◇
「おーおー、やったな千ギルは堅いぜ!」
「ひゅぅ~っ! 今日はビスマルクで豪勢に行くかぁ!」
二人組の泥棒は、間抜けな冒険者から盗み出した財布を手に、やいのやいの騒ぎながら上甲板層を闊歩していた。
「冒険者ってのも大概間抜けだよな~。都の中だからって安心しきってるって言うかよぉ~」
「言ってやるなよ、お陰で俺達は美味しい~おまんまに有りつける訳だからよ」
「それもそうだな!」
がははは! と笑い合いながらご馳走への道を歩いている二人組の前に、人影が立ち塞がった。
「ん? おい邪魔だ、どけよ」
「通行の妨げはやめてくださーい……って、ん?」
二人組の足が止まる。前方に立ち塞がっているのは、見間違いでなければ、今盗んで来た財布の主だ。
二人はギョッとした表情を浮かべ、思わずたじろぐ。
「な、何だテメェ……?」
「あー、そのねぇ? 私さぁ~、どこかでお財布を落としちゃったのか、どこにも見当たらなくてねぇ~。お兄さん達、知らないかなぁって思って」
人当たりの良さそうな、と言うよりは、弱々しい家畜のような微苦笑を浮かべて尋ねてくるミコッテの冒険者に、二人組は顔を見合わせ、――頷き合った。
「知らねぇよ、よそ当たりな」
「じゃあそゆことで~」
と言って歩き出した二人組が、ミコッテの冒険者を通り過ぎる瞬間、「泥棒はぁ~……掟破りって事だよねぇ?」と、甘い声が囁かれ、思わず心臓が跳ねる。
何か恐ろしい者がそこに居る。けれど振り返る事すら出来ない緊張感が、二人組の心臓を縛り付けていた。
影が縫い止められたかのように足が止まった二人組の背後から、ミコッテの冒険者の声が追い駆けてくる。
「最近、八分儀広場でスリが横行してるって噂がねぇ、或る商会の耳に入ってねぇ。ケジメを付けさせるか、或いは――始末しろ、って依頼が出てるんだけどさぁ…………」
ねっとりと耳の中を虫が這うような声が、二人組の背筋を撫でていく。
「…………本当にぃ、何もぉ、知らないのかなぁ?」
チキリ、と白刃が抜かれる音が二人組の耳に届いた瞬間、「「ごめんなさーい!」」と財布を捨てて全力疾走で逃げ去ってしまった。
二人組が泣き喚きながら立ち去ったのを見送ると、ミコッテの冒険者――ツバキは自身の財布を拾い上げ、リンクシェルに連絡を入れる。
「……はい、現物捕らえました。後はイエロージャケットさんの方で良しなに……はい。はい。では……」
リンクシェルの通信を切り、自分の財布とは別に、見知らぬ財布二つを手にしたツバキは、「さぁーって、序でに一仕事終えたから飲み直そ~っと。……段々と酩酊の演技が上手くなっていくのやだなぁ……」などとぼやきながら、アパルトメントではなく、再び“溺れた海豚亭”へと足を向けるのだった。
「今日の稼ぎ、これで二倍かぁ~。……冒険者として依頼を熟すのが馬鹿らしくなってくるけど、毎回有りつける訳じゃないしね、程々に懲らしめて、程々に暮らそう、うんうん」
そう言い聞かせながら、――何だかんだ言いながらも、その表情は明るくて、楽しそうなツバキなのだった。
🌟後書
FF14の小説は過去にも何度か執筆しておりまして、今作でシリーズ3作目になる感じでしょうか…! なので、今まで綴っていた作品とはちょこっと方向性を変えたくて、冒険者だけど、ちょっと必殺仕事人寄りな感じに…!
双剣士ギルド自体がそういう側面を持っている事はジョブクエストをやっていくと分かるので、その辺をちょこっと活かしたかったのかも知れません…忍者大好きになっちゃいましたから…w
最新話(11話ぐらい)まで行くと、またいつもの展開に戻りつつあるので、そろそろ軌道修正して、また必殺仕事人っぽさを出していきたいなぁと思いつつ、いつもの展開も好きだから(寧ろ性癖??w)良いかぁ~って思いながら執筆しております(笑)。
と言った所で今回はこの辺で! ここまでお読み頂き有り難う御座いました!
🌸以下感想
とみ
更新お疲れ様ですvv
そうそう、最初のツバキちゃんはこんな感じでちょっと影があって怖いイメージでした。
今のツバキちゃんも良いけど、こっちもかっこよくて素敵w
何が言いたいかというと、何度も読み返すんだ!そう毎回なにか新しい発見があるぞ!!
改行解禁の興奮冷めやらぬ現場からは異常です!
今回も楽しませていただきました!
次回も楽しみにしてますよーv
2024年1月13日土曜日 0:00:11 JST
夜影
>とみちゃん
感想コメント有り難う御座います~!(´▽`*)
そうなんですよねww 当初はちょっと影が有る感じのキャラクターでしたのに、回を重ねる毎に段々と柔らかく…!ww
かっこよくて素敵…!! 有り難う御座います!!(´▽`*) そう言って貰えると、当時のツバキちゃんも中々良かったんだなって救われます…!!
何度も読み返すんだwww 作者ですら気づかない新しい発見が有るかも知れませんね!www(笑)
改行解禁でテンションがwwww 現場異常なのかよぉ!wwww(笑)
今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!
次回もぜひぜひお楽しみに~!!
2024年1月13日土曜日 8:12:34 JST
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