2024年7月31日水曜日

最終話 変わるもの、変わらないもの

【ネトゲ百合】
最終話 変わるもの、変わらないもの

最終話 変わるもの、変わらないもの


「――で、未だに一線も越えずに居る訳かお前」

 喫茶かしまにて。もぺ子が煙草を咥えながら新聞を広げて、退屈そうにそう呟いたのが店内に流れた。
 モップで店内を清掃していた座長は、「おいぃ、一々声がでかいんだよお前はッ。誰かに聞かれたらどうすんだバカッ」と大慌てで彼女を指差すも、店長は肩を竦めるだけで反省する様子は無かった。
 あの騒動から暫く経ち、すっかり初夏……と言う名の酷暑に移ろい、もぺ子も座長も半袖の制服になり、空調の効いた店内であっても薄っすらと汗ばんでいるのが窺えた。
 あれから座長は無職になった訳だが、もぺ子に泣きついたところ、喫茶かしまでバイトとして雇って貰える事になったのだ。
 客商売は初めての経験ゆえに惜しみないヘマの数々を披露していたが、元々客が少ない上に、訪れる客自体が店長目当てだったり、誰も居ないようなお店だからこそ訪れるような偏屈な客ばかりで、座長のヘマに次ぐヘマを生暖かく見守っている為、店の売上自体は変わらなかったとか何とか。
 勿論、ヘマした分賃金は減らされている訳だが。
「このままだとお前、ジンちゃんのヒモだぜヒモ」
「分かってるよ! これでもちゃんと再就職先探してんだから、焦らせるような事言わない!」
「ほんとかよー。こないだジンちゃんから“今度座長さんが旅行を企画してくれたんです。貯蓄はまだ余裕有るからって、再就職も上手く行ってる感じなんですかね?”って言ってたぞ」
「お、おう。上手く行ってる感じだから、旅行行こうって言ったんだよ、悪いか?」
「正直に言えば助けてやるぞ」
「うわぁーっ! どうかお助けくださいもぺ子様―っ!」
「こいつほんま……」
 呆れ果てた様子で頬杖を突くもぺ子に、泣きながら縋り付く座長。
 あれから再就職も上手く行っていないようで、面接には何度か行っているものの、結果は芳しくなく。何だかんだもぺ子に頼りっきりになってしまっている座長なのだった。
「でー、どこ旅行に行くつもりだったんだよ。このご時世、どこ行っても旅行客なんざ邪険に扱われるもんだろ。旅行先じゃなくて、帰省先にだけどさ」
「あー、その、アレだよ。FPがさ、来月にはもうサ終するじゃん? その前に聖地巡礼したくてさ。割と近くに有るって分かったから、一緒にどう~、って」
「あぁ、そう言やそうだったな」
 そう。FPこと、ファンタジーポケットは、来月にサービス終了が決まってしまった。青天の霹靂、と言う訳ではなく、順当に売り上げが落ちているのが見えていたし、アクティヴユーザー数も見て分かる程に居なくなっていた。
 もうそろそろ危ういんじゃないかと話していたところに、運営から公式に発表が出た、と言うのが先週の話だった。
 色んな思い出が詰まっているネトゲではあるが、サービスが終わってしまえば何も残らない。データも、課金したお金も、……付き合いも。
「こんにちわー!」
 二人がしんみりし始めた時を狙っていたかのように、喫茶かしまの戸が元気よく開かれ、私服姿のジンが敬礼しながら入店した。
「いらっしゃい。今日も暑いからアイスコーヒーにしとく?」
「はい! あといつものたまごサンドお願いします!」
「あいよ。適当に掛けて待ってなー」
 もぺ子が厨房に入って行くのを見届けると座長は「おっす、今日も元気だねジンちゃん」と軽快に挨拶する。
「おーっす! 座長さん、見ました? FPのサ終最終日に撮影会しませんかってユーザーイベントやるらしいですよ!」と言いながらスマフォーンを近づけて見せるジン。「これ参加しません? 最後の思い出になると思うんです!」
「おー、良いね。まだこんなに有志の方が居る事にビックリだよ」ジンが見せたSNSのポストに付いた反応の数を見て、思わず苦笑してしまう座長。「何だかんだ愛されてたよねぇ、FP。まぁ最後は課金圧が酷くなってダメになっちゃった訳だけど……」
「お洒落系のガチャだけで良かったのに、そのお洒落着に現状最強装備のステータスなんて付けちゃったら流石に荒れますよねぇ……」はぁ、と肩を落とすジン。「あのままお洒落はお洒落、最強装備はゲーム内で入手、ってしておけばなぁ……」
「人口がだいぶ減ってたからテコ入れしたかったんだろうけど、明らかミスチョイスなんだよねぇ……誰か止める人が居なかったかねぇ……」
 やれやれ、と二人して肩を落とし合っていると、厨房からもぺ子が現れ、そんな二人の様子を見つめて思わず鼻で笑った。
「な、何だよ」思わず怪訝な表情を覗かせる座長。
「仲睦まじい事で」カウンターにたまごサンドとアイスコーヒーを載せるもぺ子。「わしゃ幸せもんだよ、こんな間近でアツアツの二人が見られるなんてさ」
「も、も~! もぺ子さん、からかわないでくださいよ~!」思わず赤面してわたわたするジン。「アツアツ……なんて、その……」
 しゅぅ~、と顔から煙が出そうな勢いのジンに、座長がr釣られて赤面しそうになりながら、「おいもぺ子! ジンちゃんをあんまりからかわないで貰える!? あたしまで居た堪れなくなるだろ!」ともぺ子を指差して抗議を始めた。
「はいはい。まだまだ青いね二人とも」お手上げのポーズをして、椅子に腰かけるもぺ子。「ジンちゃんは大学生活はどう? 順調かい?」
「え? あ、ふぁい! なんひょふぁ、なんひょふぁへふ!」たまごサンドを頬張りながら咄嗟に反応して、大慌てで飲み下すと、「はい! 何とかかんとかです!」と言い直すジン。
「そか。もう座長が全然頼りにならねーから、頼んだぞジンちゃん」
「おいぃ! ダメな大人扱いしてんじゃないよ! あたしだってまだまだやれるから! まだ本気出してないだけだから!」
 思わず立ち上がってもぺ子を指差して吼える座長だが、「本気出してねーならさっさと出してもろて」とすげなく返され、しょんぼりと席に戻ってしまうのだった。
「ま、まぁまぁ。座長さんも再就職頑張ってるみたいですし、その辺で……」
「うぅ、ジンちゃんありがとぉ……」「ジンちゃんは優しいねぇ。そんな優しさに付け込まれないようにね」「もぺ子~!」
 二人の漫才に、ジンは思わず笑い声をあげるのだった。
 緩やかにだが環境は変わり、関係も変わっていく。あの頃に有った蟠りや、躊躇や気遣いは薄っすらと溶け、今はより近い距離で本音を言い合える、そんな仲に進展したと言えるだろう。
 出会いとなった、運命となったネトゲは役目を終え、舞台はまた別の世界へと移ろっていく。
 あの頃の想いは実り、そしてまた、新たな想いへと移ろい、彼女らの関係を彩っていくのだ。

【ネトゲ百合】――――おしまい

🌟後書

 前世のまた前世から紡いできた百合物語、ようやっとここに完結致しました!
 ふと「百合の物語を綴りたい」から始まった、甘酸っぱくてキュンキュンしたりはわわ…したりする、波乱万丈の両片想い擦れ違い恋愛ストーリーも、結末まで綴る事が出来てホッとしております(´▽`*)
 …などと、言いつつ。単行本にするにはページ数がだいぶ余り気味なので、完結後のお話をぽつぽつ綴っていこうと思っております。それって完結って言わないんじゃ…(w)
 ともあれここまでお付き合い頂き、本当に有り難う御座いました! 一つ肩の荷が下りた気分でスッキリしておりますw
 そして前述の通り、もう少しだけ物語は続きますので、そちらも良ければどうぞ楽しみにお待ち頂けたらと思います!
 と言った所で今回はこの辺で! ここまでお読み頂き有り難う御座いました!

4 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    まずは完結おめでとうございます。
    毎回毎回きゅーってなったり、やきもきしたり、あまりの尊さに討死したり…
    そんな連載も終わってしまうのd
    って、えぇぇxせぇぇえdふっでwgrq
    もう少しだけ続くとか神かよ…

    いろいろなことをたっぷり思い出させていただいたとってもキュートなお話でした。
    単行本も楽しみにしてますねv

    今回も楽しませていただきました!
    次回も楽しみにしてますよーv

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    1. >匿名さん
      感想コメント有り難う御座います!(´▽`*)

      労いのお言葉、有り難う御座います! 遂にやっと完結まで辿り着きましたよ…!w
      そうです!ww もう少しばかり、彼女らの物語を綴らせて頂こうと思います!w(´▽`*)

      色々な事をたっぷり思い出させて…! そんな思い出深い物語をご提供できた事、嬉しく思います! こちらこそいつも素敵な感想を有り難う御座いました! 単行本もぜひぜひ楽しみにお待ち頂けたらと思います!

      今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです!
      次回もぜひぜひお楽しみに~!!

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    2. 匿名だったwごめんなさい。
      あと、時間おかしくないですか?

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    3. >とみちゃん
      いえいえww 匿名でもすぐ分かっちゃうのが流石と言うか何と言うか…!ww
      時間は申し訳ないです、今直しましたw どうやらアメリカの時間軸になってたみたいですww 日本の東京時間に戻しましたので、たぶんこれで大丈夫!

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