第9話 不確定の強盗団と、ご馳走の夜
第9話 不確定の強盗団と、ご馳走の夜
「ヌハ~ちゃんと火の番できたか~?」
水辺に戻って来ると、焚火の上に木の棒で吊るされた飯盒……じゃない、小さな鍋が視界に飛び込んで来た。
ヌハはその焚火の傍で座り込み、「クエェ(あ、ウイだ。どこ行ってたんだよ~)」と私の方を向いて小さく鳴いた。
セクレアさんはヌハを小突きながら「こいつ、オレの話聞いてねーだろ?」とぼやくと、小鍋の様子を見て、「お、丁度出来上がったところだな。ほら、座れ座れ。ともあれ飯だ飯!」と言いながらこれまた小さなお盆……じゃない、大きな葉っぱを加工した皿の上に、丸い料理を入れて、手渡してきた。
ウルダハでは見た事の無い料理だった。真っ黒に焦げた、小さなギサールの野菜のような見た目……中央が刳り貫かれていて、中にチーズのような、よく分からない物が敷き詰められていた。
「……スタッフドアーティチョークか」
エレゼン族の男が、セクレアさんの隣に座しながら呟く。セクレアさんは彼に葉っぱの皿と一緒に丸い料理……曰く、スタッフドアーティチョークを手渡しながら、「おう、用意できた食材が本来のレシピとちぃーっとばかし違うから、口に合わなかったらごめんな!」ニカッと少年っぽい笑顔を覗かせた。
私も受け取ったその料理、スタッフドアーティチョークと呼ばれるものを見つめるも、どうやって食べるかが既に分からない。このギサールの野菜みたいな器も料理の一部分なんだろうか?
「あ、ウイは初めてか?」セクレアさんは自分の分を取って座り込むと、硬そうなパンを手渡してきた。「これ、中をこのナイツブレッドこそぐように食べるんだぜ。外側は繊維が硬いから無理に食わなくて良いぞ」
「は、はい!」硬そうなパンこと、ナイツブレッドを受け取って、中の餡みたいな、チーズみたいな塊を穿り出して、恐る恐る口の中に入れる。「いただきます! もぐ……あ、美味しい……」
餡はやっぱりチーズで、仄かに香るのはブラックペッパーだ。他にも具材が入ってるようで、色々な食感が口の中で溶け交わっていたけれど、正確な食材までは言い当てられなかった。
セクレアさんは「良かった、取り敢えず近場でアーティチョークが採取できたからよ、折角ならそれを使って一品作ってみた訳よ」と笑うと、「おい、そっちの兄さんもとっとと食え食え。見ての通り、毒は入ってねーよ」とエレゼン族の男の脇をつつく。
「……有り難く頂こう」セクレアさんからナイツブレッドを受け取ったエレゼン族の男は、寡黙に食べ始めて、……どこかホッとしたような表情を浮かべて嚥下する。
セクレアさんは私と目を合わせると嬉しそうに目尻を下げ、それから自分の分のスタッフドアーティチョークを食べ始めた。
「ところで兄さん。見たところ冒険者のようだけど、迷ってんなら近場のワインポートまで送ってってやろうか?」
私もスタッフドアーティチョークを黙々と食べていると、不意にセクレアさんが切り出した。
エレゼン族の男……私もお兄さんって呼んじゃおう。お兄さんはあっと言う間に食べ切って葉っぱの皿を地面に置くと、焚火の照り返しを受けながら神妙な表情を浮かべる。
言い難い事が有るのか、それとも……後ろ暗い事を抱えているのか。
私はハラハラしながら見守っていた。
「……そういうお前らも冒険者か。こんなところで何をしている?」
お兄さんはどこか張り詰めた空気を醸し出しながら、セクレアさんを見据えた。
出会った時のような、敵意とも殺意とも取れる鋭さはどこか霧散したみたいで、感情が落ち着いたように見えた。
セクレアさんに目配せしようとしたけれど、彼女はどこかおかしそうに微笑を返すと、お兄さんに顔を向けて言った。
「冒険者ギルドの依頼でさ、強盗団を探しに来たんだ。アンタ知らねえか?」
「…………」
あっけらかんと告げるセクレアさんに、私は更にハラハラしながらお兄さんを見つめる。
お兄さんはセクレアさんを見つめ返していたが、小さく鼻息を落とすと、私に視線を向けた。
「もし俺が、その強盗団だと言ったら。……どうする?」
鋭い視線で射止められたけれど、何故かその視線からは嫌な感じがしなかった。
悪意や敵意を感じないけれど、鋭く睨み据えるその眼光に、私は怯みながらも、ゴクリと生唾を飲み下す。
「お、お兄さんがもし本当に強盗団なら、リムサ・ロミンサまで連行したいです!」
「……出来るのか、お前に?」
「わ、私一人じゃ出来ないかも知れません……でも、今は、セクレアさんも、居ますから……!」
懸命に堪えるようにお兄さんの視線から目を逸らさないように踏ん張っていると、彼は視線を少し柔らかくして、セクレアさんに視線を転じた。
「……と、そこの小娘は言ってるが、お前は出来るのか? 彼女を守りながら、俺を連行する事が」
「ん? 楽勝だが?」
スタッフドアーティチョークの縁ギリギリまでこそいで食べていたセクレアさんが、あっけらかんと応じる。
お兄さんはその対応に不満そうに鼻息を落とすと、改めて私に視線を転じた。
「……おかしな冒険者に出会ったと思ったが、生餌だったとはな」
「え?」
「こちらの話だ」ぴしゃりと言い放つと、お兄さんは再びセクレアさんに視線を向けた。「セクレアと言ったか。お前が腕の立つ冒険者だと見込んで、一つ頼み事をしたい」
「おう、何だ?」
「これを冒険者ギルドまで届けて欲しい」
お兄さんは懐から小包を取り出し、セクレアさんに手渡した。
セクレアさんは受け取ると、重さを確認するように上下に動かした。
「あまり乱暴に扱わないでくれ。大変な事になる」
「ん? そうなのか、分かった」
セクレアさんは小包を自分の懐に納めると、お兄さんをじろじろと見やった。
「……何だ?」
「兄さん、アンタも冒険者なんだろ? 得物が見えねえなぁと思ってさ」
「わざわざ見せる事も有るまい」
「それもそうか。それはそれとして、だ。兄さん、頼まれ事を受けた代わりと言っちゃあ何だけどよ、ウイの相談に乗ってくれねえか?」
「え? 私?」
話についていけず、キョトンと自分を指差して小首を傾げてしまう。
「呪術が使えない呪術士なんだそいつ。アンタ、何かイイ助言とかしてやってくれねーか?」
セクレアさんがズバズバ言い放つと、お兄さんは眉間に皺を寄せて彼女を睨み据えた。
「人の弱点を本人の承諾も無く晒すのは感心しないな」
「アンタが心無い冒険者じゃねーなって認めて相談してんだよこっちは」
お兄さんとセクレアさんがバチバチに睨み合い始めて、私は自分の事で喧嘩が始まりそうな予感を察してアワアワしてしまう。
「……呪術の基礎……と言えば、ブリザドか。それは使えるのか?」
お兄さんは肩を竦めて、諦めたような仕草をして私に視線を転じた。
私はアワアワしてたのを落ち着かせて、コクンと頷く。
「でも、そのぅ……威力が全然弱くて、魔力増幅薬を飲まないととても戦闘には使えない感じで……」
「魔力増幅薬……? そんな物が有るのか」お兄さんが初めて驚いたような表情を覗かせた。「先ほど貰ったポーションもそうだが、錬金薬も日進月歩だな」
「えへへ、有り難う御座います……」思わず照れてしまう。
「いや、お前を褒めた訳では……」困惑した様子でお兄さんが呟いた。
「兄さん、その魔力増幅薬とやらも、アンタが貰ったとか言ってるポーションも、そいつが作ったもんだぜ」
セクレアさんが焚火に薪をくべながら呟くと、お兄さんは更に驚きに目を瞠らせた。
「……呪術士など廃業して、錬金術師で生計を立てていく訳にはいかないの?」
「あ、えと……それも考えたんですけど、やっぱり私、冒険者として、その……冒険……したくて……」
そこまで言い募ってから、ふと自分の発言に疑問符が浮かんだ。
冒険者になりたかったのは、元を辿れば生活苦に喘いでいたから。錬金術師でその問題は解決し、無理に冒険せずとも、ウルダハで錬金術と向き合っているだけで、老後まで安泰で生活できる自信が有る。
それなのに冒険者に拘る理由は。
――――ありがとな。
助けたように見えて、実際は助けられたような出来事で、受け取った感謝の言葉。
あの一言に魅了されてしまったと言っても、きっと過言じゃなかった。
「困ってる誰かを助けられるように、強くなりたくて……冒険者になって、色んな場所を巡って、それで……」
呪術士に拘るのにだって、理由なんて無かった。ただウルダハで一番素養が有りそうな職だったから門戸を叩いただけで、体力や筋肉に自信が有るなら格闘士でも、剣術士でも、何でも良かった。
もしかしたら私は、ただ意地を張ってるだけなのかも知れない……そう気づいても、それでも…………私は、冒険者として、まだ見ぬ困った人に手を差し伸べられるような、そんな……あの噂に輝く、光の戦士のような冒険者に憧れて、今ここに立ってるんだ。
「光の戦士みたいになれたらなって思って……」
ハッと、思わず我に返る。物思いに耽りながら言葉を漏らしていた事に気づき、変な事を口走っていなかったか、お兄さんとセクレアさんの間を視線が行き来してしまう。
二人とも黙って聞いてくれていて、笑いも、呆れもせず、ただ私を静かに見つめていた。
「えと……そんな感じ、です……」
「……光の戦士とは、大きく出たな」
お兄さんが、初めて笑みを覗かせた。柔らかく、誰かを慈しむような、穏やかな笑みを一瞬だけ覗かせて、すぐに引っ込めてしまった。
「料理まで馳走された身だ、その分は付き合おう」お兄さんは観念したように頷くと、手を差し伸べてきた。「名乗るつもりは無かったが……ガージアセレスと言う。ガージアとでも呼べ」
「ガージアさん……。有り難う御座います! 宜しくお願いします!」
そう言ってお兄さん、ガージアさんの手に握手を返し、ブンブン振り回す。
強盗団かも知れないって考えは明後日の方角に吹き飛んでしまい、また知り合いが増えたと感じて、舞い上がってしまった。
セクレアさんが何も言ってないって事は、たぶん強盗団じゃないんだって思い込む事にした。……そんな事は無いんじゃない? って理性は、今だけは抑え込んで。
辺りはもうすっかり暗闇に沈み、焚火が刻む陰影だけが世界の全てだった。
🌠後書
丁度1週間振りの最新話更新です! お待たせ致しましたーッ!
と言う訳で強盗団? 違う、そうじゃない? いや強盗団だろこれw と言うエレゼン族のお兄さんと仲良くなる回です。
FF14って割と「これ悪人じゃない…??」って人とも仲良くなるパターン有りますよね。それは手伝ったらアカンのでは…って後から知らされるパターンも有ります。みんながみんな善人ではなく、何かを抱えながら生きてる人もたくさん居る訳ですから、必ずしも良い人ばかりに巡り合える訳ではないとかうんたんうんたん(語り出すと止まらない奴)。
そもそも冒険者自体が性善説の善人である絶対性なんて無い訳ですしね! 世界は広いんだ色んな人が居るさ!w
もうどこに着地させれば良いのか分からなくなったので今回はこの辺で!(笑)
と言った所で今回はこの辺で! ここまでお読み頂き有り難う御座いました!
※2024/12/22■校正済み
更新お疲れ様ですvv
返信削除予測変換を気遣ってくれているような更新のタイミング最高ですw
強盗団なのか?そうなのか?でもいい人っぽいぞ?ってことは渡されたお荷物はあれか?あれなのか?
あれこれ妄想が止まらないわたくしです。さらに加速させるのはヒカセンを目指すウイちゃん!!
自らの手でお父上(お妾さんのお子ではあるが)をぶっ飛ばすムネアツ展開まで暴走気味の妄想が膨らんでいます(重症
登場NPC全員詐欺師みたいなゲームもあることだし、いろいろな巡り合いがあってこその冒険譚だと思いたい。がんばれウイちゃん!!!
今回も楽しませていただきました!
次回も楽しみにしてますよーv
>とみちゃん
削除感想コメント有り難う御座います~!(´▽`*)
予測変換間に合いましたか?!!?wwwそれなら良かったです!www(笑)
強盗団のような気もするし、良い人っぽい気もするのに、じゃあ渡されたアレって???と、謎が謎を呼ぶお兄さん…! どんどん妄想を膨らませて頂けますと幸いです!(´▽`*)
自らの手で御父上をぶっ飛ばすwwww新生ラストまで妄想が駆け抜けておられる!wwww早いよ早いよ!wwwww(笑)
登場NPC全員詐欺師みたいなGame有りましたねぇ!www色々な巡り合いがあってこその冒険譚! まさにそれです!! 今後も色んな人に巡り合いながら、彼女だけの冒険譚を綴って参ろうと思います!(´▽`*)
今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!
次回もぜひぜひお楽しみに~!(´▽`*)