第21話 暴く人、吼える人、矛を抜く人
第21話 暴く人、吼える人、矛を抜く人
自分の視界が、誰か別の人の視界に切り替わる、その予兆。
私は頭が割れるような痛みに表情を歪ませて、その場に倒れそうになるのを、一歩踏み出して堪える。
「ど、どうしたお嬢さん……?」
ホルガーさんの声が遠い。視界のノイズが激しくなり、私は何とか声を上げようとして――最早声を出せないところまで意識が自分の体を離れたのを、自覚した。
映るのは誰かが見つめる視界。ザナラーンの砂の大地が映り込む。目の前にはチョコボキャリッジの、破損した扉が見える。
「――リシャール。どうやら逃げ出したのは一羽のようだ。ララフェル用のチョコボだったからな、小さな穴でも抜け出せてしまったようだ」
背後から声が聞こえて、視界の主が振り返ると、そこには紫色の全身甲冑を纏った女性――アレクシアさんが腕を組んで溜め息を零していた。
「困りましたね……チョコボは一羽単価が高い。損益を考えるなら、一羽たりとも逃がす訳には……」リシャールと呼ばれた視界の主が残念そうに溜め息を返した。「仕方ありません、冒険者ギルドに連絡を入れましょう。この際なりふり構っていられません、特急で事に当たってくれる冒険者に頼りましょう」
「良いのか? 大事な金を依頼料に使ってしまって」アレクシアさんが驚いたように肩を竦めた。「お前の事だ、一羽ぐらい捨て置けとでも言うと思ったが」
「言ったでしょう、チョコボは一羽単価が高いと。それにチョコボに対する対処も、恐らくは審査の対象になる筈。折角の大きな取引です、可能な限り憂いは取り除いておきたいですからね」
「ふん、チョコボよりも高い単価の商品を積んでるのに殊勝な奴だ」アレクシアさんが鼻で笑った。「イシュガルドの戦災孤児共をウルダハの成金共に奴隷として売りつける……中々思いついても行動に移す奴は居なかろう」
「アレクシアさん、誰が聞き耳を欹ててるとも限りません、そういう話は内密に……」視界の主が口元に人差し指を宛がい、静寂を要求する。「ウルダハは巨万の富が渦巻く金の都ですからね、チョコボの取引で立ち寄ったと見せかければ、不滅隊も銅刃団も表立っては詮索しないでしょうから」
「その分、護衛の賃上げも期待したいところだな」クッ、と微かに笑うアレクシアさん。「道中があまりにも退屈だったんだ、槍を錆び付かせた分の給金は要求しても罰は当たらんだろう?」
「勿論、取引の成否に係わらず、アレクシアさんには相応の報酬を用意しておきますよ。ワタクシの読みでは……今回の取引で、もう生涯遊んで暮らせるギルが懐に入る予定なのでね……!」
二人してくつくつと笑い合う。
「しかし、お前も悪知恵が働くな。ミラージュ・プリズムをチョコボキャリッジの中で使う事で、孤児……いや、大事な商品を二重扉で隠すなど、中々思いつく事じゃない」アレクシアさんがチョコボキャリッジの荷台を覗き込んで不敵に笑う。「大事な商品共の泣き声や悲鳴も、垂れ流しの糞尿の臭いですら、全てチョコボのせいに出来る」
「当ッ然! 計算尽くですとも」視界の主が自信満々に胸を叩く。「その為に大型のチョコボキャリッジと言う先行投資も行ったのです。全てはこの取引を完遂させる為……無一文の戦災孤児でも成り上がれると証明する為……ッ!」
視界のノイズが激しくなり、急速に意識が肉体に戻っていく感覚に襲われる。
「だ、大丈夫かお嬢さん? 立ち眩みか?」
私の体を支えるように抱えていたホルガーさんが、心配そうに声を掛けてきた。
私はホルガーさんの手を優しくずらして、「だ、大丈夫、です……」と、吐き気を堪えながらコクコクと首肯を返した。「それよりも……」
眼前のアレクシアさんが、怪訝な面持ちで私を見つめている。行商人さん……リシャールさんもアレクシアさんと一緒に並んでこちらを睨み据え、凍えるような声音で呟く。
「それよりも? 何ですか、言ってみてください。もしくだらない事であれば、即不滅隊を呼んで――」「――イシュガルドから、戦災孤児を連れて来たんですか……?」「――――な、に……?」
露骨に。リシャールさんの表情筋が歪んだのが見て取れた。
アレクシアさんですら、驚きに体を強張らせているのが分かる。
ホルガーさんは、「へ? 何言って……」と不思議そうに呟きかけたが、それを即座に呑み込んで、リシャールさんとアレクシアさんを指差して声を荒らげた。「オウオウオウ! どういう事だテメエら! イシュガルドの戦災孤児を!? エエ!? 連れて来ただァ!? これは許されねえ問題だよなあ!?」もしかして二重人格なの? ってぐらい怒涛の剣幕だった。
リシャールさんとアレクシアさんは互いに目配せすると、リシャールさんの方が大きく空咳を挟んで、私を指差して吼えた。
「何の事か分かりませんねぇ! 一体何の証拠が有ってそんな事を――」「チョコボキャリッジ、ミラージュ・プリズムを使って二重扉にしているんじゃないですか?」「――な、へ、あ……? な、何で……」
リシャールさんが見事に狼狽え、アレクシアさんに何度も目配せするも、アレクシアさんも困惑しているのか、私とリシャールさんの間を視線が行き来している。
そしてホルガーさんがどんどん声を大きくして喚き出した。
「オイオイオイィ! このでけえチョコボキャリッジが!? ミラージュ・プリズムで!? 二重扉にして!? イシュガルドの戦災孤児を!? 隠してここまで来たってか!? アアアン!? まさか!? まさかお前ら!? まさか!?」
ホルガーさんがチラッチラッと私に目配せするのを見て、私は大きく頷いた。
「ウルダハのお金持ちさんに、奴隷として売りつけようとしている……違いますか?」
「アアアァーッ!? なんだってェーッ!? イシュガルドの戦災孤児をォーッ!? ウルダハの金持ち共にィーッ!? 奴隷としてェーッ!? 売りつけるゥーッ!? オイオイオイオイィーッ!! とんでもねえ悪党じゃねえかオイィーッ!? こいつは手柄の臭いがプンプン……プンプンどころじゃねーよ! 臭えんだよ手柄の臭いがァーッ!!」
ホルガーさんが顔を真っ赤にして、ブラックブラッシュ停留所中に響き渡る大声を張り上げたお陰で、警備していた鉄灯団の人達や、休憩していた採掘師さん達や冒険者さん達、みんなの注目がここに一点集中する。
注目の的になってしまったリシャールさんとアレクシアさんは、完全に混乱の極致に至り、震えながら口をパクパクと開閉させる事しか出来ない様子だった。
「――リシャール、ここは分が悪い」アレクシアさんが小声でぼそりと呟いたのが聞こえた。「ここは一旦退くべきだ」
「な、に……!? ふ、ふざけるなッ! ワタクシの計画は完璧だったんだ……! どこにも漏れる可能性など……!」リシャールさんが狼狽した様子で後じさりする。「ア、アレクシア! ここに居る奴らを全員皆殺しにしなさい! それで問題は解決です!」
「言ったなあ!? 白状したも同然だぜ馬鹿野郎!」ホルガーさんが、腰に佩いていた片手剣を抜き放ち、小盾を構えて片手剣の切っ先をリシャールさんに差し向ける。「銅刃団ローズ連隊が隊士、名をホルガー! テメエら纏めて俺の手柄にしてやるぜ!!」
「アレクシア! あのふざけた隊士をぶちのめしなさい! 給金は弾みますよ!!」
「参ったな……」アレクシアさんが怒りの籠もった溜め息を零した。「雇い主にそう言われたら逆らえん。目撃者は――鏖殺する」両手槍を抜き放ち、ホルガーさんに向かって切っ先を差し向ける。「これも生き延びる為だ、済まんな。この場に居合わせた奴は一人残らず――斬獲させて貰おう」
「み、皆さん! 逃げてください! わ、私達が何とかします!」私も咄嗟にスタッグホーンスタッフを抜き放って、大声を張り上げた。「私達が喰い止めてる間に、少しでも遠くにーっ!」
「ひ、ひえぇ!」「何だ何だ!?」「逃げろー! 武器を抜いてる奴らが居るーっ!」「うわぁーっ!」
ブラックブラッシュ停留所は怒号と悲鳴が跳ね上がり、辺りは砂埃が舞い上がって騒然とした空気が敷き詰められていく。
私はそこで初めて、自分に対して殺意を宿す人間と、相対する事になった。
🌠後書
2日連続更新です! 頑張りました!┗(^ω^)┛
と言う訳でチョコボ編第5話です。ウイちゃんの過去視が炸裂して、展開がグルっと変わりました。ホルガー君、君の見せ場だぞ!(笑)
ミラージュ・プリズムのくだりは、FF14本編でもそういう使い方してたなーって思ったのと、悪い事を考える人はこれぐらい平気でやりそう、と言う発想から生まれました。行商人の悪人っぽさを最大限に引き出したいのに、早くも小物臭が出てしまって、もう終わりが近そうです(笑)。
次回はウイちゃん初めての対人戦。ホルガー君も居ますが果たして…!
と言った所で今回はこの辺で! ここまでお読み頂き有り難う御座いました!
※2025/03/24校正済み
更新お疲れ様ですvv
返信削除なんて悪い奴らなんだ…とっちめておやりなさい!!!
やっぱりウルダハだよなぁ、集中する富、激しい貧富の差…なにが生み出されるって、理想的な良いものを生み出すのは難しいよねぇ。
陰謀と欲望の街という捉え方しかできなくてあまり好きではないかなぁ。(街の作りが複雑で覚えられないという説有。
これはもう第XIV軍団カモン案件ですね。一気にやっちゃいましょう。金子信雄さんも草葉の陰から「おう、やっちゃれい!」と応援してくれているはずです。気兼ねなく存分に!
秘密結社は秘密のままか?
今回も楽しませていただきました!
次回も楽しみにしてますよ~v
>とみちゃん
削除感想コメント有り難う御座います~!(´▽`*)
富が集中すると言う事は、悪事も集中すると言う典型的なアレですよね…ウルダハンドリームとでも言うべき夢を見て来訪する方もいらっしゃるでしょうけれど、大部分が何かしらの悪事に手を染めてしまって、権力者とずぶずぶの関係に…いやだいやだw 考えるだけでぞっとする世界ですw
街の作りが複雑で覚えられないと言う説有www複雑に入り組んである分、難民とかもあちこちで路上生活してるのではないかなとか妄想してしまいますね…
第XIV軍団カモン案件wwww大惨事だよそれ!wwwwww(笑) ガレマール帝国まで介入しちゃったらもう地獄絵図待ったなし!wwwwwww(笑)
秘密結社、今回本当に出番が有るのか怪しいところまで来ていますね…!ww 大体どっかしらで出張ってくる組織ですけど、果たして…!w
今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!
次回もぜひぜひお楽しみに~!(´▽`*)