2024年1月16日火曜日

第4話 忘れてしまうもの、憶えているもの

ミスト・ヴィレッジ在住一般冒険者の日常(FF14二次創作小説)
第4話 忘れてしまうもの、憶えているもの

第4話 忘れてしまうもの、憶えているもの


「ツバキ、新しい依頼だ」

“溺れた海豚亭”で夕食に有りついていた双剣士のミコッテ――ツバキの背後から、彼女にしか聞こえないように絞った男声が届いた。
 ラノシアトーストを齧りながら、ツバキの瞳が僅かに眇められる。
「今度はどんな掟破りなんです?」
「奴隷商が居ると報告が有った。犯行は白昼堂々、人目が無いタイミングを狙って市民だろうが冒険者だろうがお構いなしだ」苛立ちの混ざる男声は、そこで咳払いをした。「……お頭曰く、相当な手練れだ。双剣士ギルド全員にお達しが出ている、もし見つけたら即罰を下してやれ。以上だ」
 男声はそれ以上続かず、気配もするりと消えてしまう。
 ラノシアトーストを齧るツバキの表情も穏やかになり、溜め息交じりに咀嚼する。
「白昼堂々、ねぇ……幾ら人目が無いからって、そんな事できるもんなのかしら」
 リムサ・ロミンサは誰の目から見ても大きな都で、市民や商人、冒険者が昼夜を問わずひっきりなしに行き交う。その市井で白昼堂々人拐いが出来るとは、どういう絡繰りなのだろうか。
 相当な手練れと言うのは話としては理解できる。それだけの事をやってのけている訳なのだから、相応の技術ないし人海戦術が使える組織である反証になる。
 双剣士ギルド全員にお達しが出るくらいにはヤバい案件だと言うのも分かる。何せ相手は市民だけでなく冒険者ですら拐うぐらいの手当たり次第の犯行を重ねているのだ、恐らくはイエロージャケットや黒渦団にも情報は共有されている筈。
 雲行きの怪しいリムサ・ロミンサの空模様を見て、これは一雨来そうだ、と思いながらツバキは勘定を済ませて“溺れた海豚亭”を後にするのだった。

◇◆◇◆◇

「リムサ・ロミンサでも人拐いって有るんだね~」
 双剣士ギルドからお達しが出て数日後、ツバキはリムサ・ロミンサに用事で来ていたツトミと偶々遭遇し、彼女が今請け負っている依頼の話の中で、そんな台詞が出た。
「ツトミちゃんの今受けてる依頼って、人拐いを追ってる感じの奴なの?」
「そうなの~。冒険者ギルドの……あのバンダナの店主さん、困ってるみたいだから受けたんだけど~、何かやーよねぇ」
 西国際街商通りを練り歩きながら、国際街広場へ向かって行く二人は、何気無く周囲に意識を張り巡らせながら話を続ける。
 これも冒険者ギルドから発行されたギルドリーヴで、異常が無いか、或いは事件が起きたら速やかに対応して貰う為の巡回で、ただぼんやりと散歩をしている訳ではなかった。
 ガレマール帝国の密偵が見つかっただの、蛮族の動きが不穏だの、最近リムサ・ロミンサだけでなく三国どこも嫌な空気で満たされている為、こういう都の中や聚落などの見回り系の依頼も、冒険者に持ち込まれる事が増えていた。
 皆、不安なのだろう。いつ攻めてくるか分からない帝国や蛮族などの影に怯えて過ごす日々に辟易している者も少なくない。
「トラブルが無くてもお給料が出るからラッキーと思って受けたけどさー、こういう依頼は無い方が良いよねぇ。冒険者が守ってくれる! って安心できるなら、それに越した事は無いけどさ~」
 ツトミが「困った困った」と溜め息混じりに肩を落としているのを見て、ツバキも「そうだねぇ」と同調するように肩を落とす。
 冒険者だって万能ではない。ツトミのように、誰かが困っているからと手を差し伸べる冒険者も居れば、ただ金払いが良いからと言う理由で、雑な対応で巡回任務を行う輩だって少なくない。
 ツバキとしても、トラブルが無いまま報酬が得られるのならそれに越した事は無いと思いつつ、この全身に纏わりつく不安が消えない限り、こういう依頼は途絶える事が無いのだろうな、とも思う。
 一介の冒険者でしかないツバキにとって、そんな大きな問題をどうこうする力も無ければ意志も無い。ただこの一瞬を守るだけで精一杯なのだから。
「――ん?」
 不意にツトミが小首を傾げたのを見て取り、ツバキは「どうかしたの?」と彼女の視線を追い――一瞬だけちらりと見えたのは、人気の無い通りに誰かが入った、その後ろ姿だけだった。
「不穏な気配がする!」ツトミがそれだけ言い残して駆け出して行くのを見て、ツバキは一瞬遅れて、慌ててその後ろ姿を追い駆けた。
 曲がり角を曲がり、漁師ギルドである網倉へ向かう途中の桟橋で、ツトミは大柄なルガディン族の女性とぶつかった。
「あうっ」ぶつかった衝撃で尻餅を着いてしまうツトミ。「ごめんなさーい」
「大丈夫か?」
 ルガディン族の女性――その服装から、リムサ・ロミンサを警備しているイエロージャケットの一員である事が分かった。
 心配そうにツトミを覗き込み、手を差し伸べるイエロージャケットに、ツトミは「大丈夫~、いてて」と手を握り返し、立ち上がる。「あれ、こっちに人が来ませんでした?」
「知り合いかい?」イエロージャケットの女性がおどけた表情を浮かべる。「見間違いじゃないかい?」
「見間違いだったのかなあ……」
 悩ましげに腕を組むツトミの後からやって来たツバキは、イエロージャケットの女性を見上げて、「何か遭ったんですか?」と声を掛ける。
「いや、何も? その子が私にぶつかって転んじゃっただけさ」イエロージャケットの女性は薄く微笑む。「この先に用事が有るなら、迂回して貰って良いかい? 今イエロージャケットが仕事をしてる所でね」
「じゃあさっきの人もイエロージャケットの人だったのかなあ」ツトミが腕を組んだまま難しい表情を浮かべる。「イエロージャケットが居るなら、大丈夫だよね」
「そうだねぇ、“本当にイエロージャケットなら”、だけど」
 ツバキの冷たい眼差しに、イエロージャケットの女性は「……どういう意味だい?」と、表情を強張らせた。
「あなた、今リムサ・ロミンサのイエロージャケットにこういう割符が配られてるの、ご存知ですか?」と言ってツバキは小さな木製の板を見せる。「イエロージャケットである事の簡易身元確認証みたいなものなんですけど……お姉さん、勿論持ってますよね?」
「…………」
 ルガディン族の女性は表情を固まらせたまま、何も言わない。
 ツバキは凍えるような目つきで、ツトミはキョトンとした様子でルガディン族の女性を見つめている。
「……あー、済まない、割符はイエロージャケットの詰め所に忘れて来たみたいだ、今は持ってないね」ルガディン族の女性は薄い微笑を再び浮かべた。「詰め所まで戻れば確認できるが、それで良いかい?」
「…………いえ、もう結構です」ツバキはニッコリ微笑み、腰に下げた双剣――ミスリルナイフを抜刀した。「“全部嘘なので”」
 ツバキがルガディン族の女性に飛び掛かった瞬間、ルガディン族の女性は咄嗟に両手斧――サンダーストームアクスで応戦し、獰猛な笑みを浮かべた。
「…………いつ気づいた?」ルガディン族の女性が低く唸る。
「シンプルに確認したかっただけです。イエロージャケットの顔は大体憶えてますので」鋭い目つきでルガディン族の女性を睨み上げるツバキ。「――ツトミちゃん、恐らくこいつは奴隷商の一人だ、任せても良い?」
「任されたー」ツトミは背に負っていた弓――ラップド・エルムロングボウを引き抜き、ルガディン族の女性に向かって構える。「お姉さん、動くと痛いよー?」
「ちッ」ルガディン族の女性は舌打ちしてすぐにサンダーストームアクスを振り抜き、ツバキを吹き飛ばして駆け出し――即、ツトミに膝を射抜かれて転倒した。「グアァッ!」
「だから言ったのに~」言いながら新しい矢を番えるツトミ。「ツバキちゃん、これで良い~?」
「ナイス!」吹き飛ばされたツバキは空中で体勢を立て直し、着地と同時に桟橋を駆け抜けて行く。「後は任せて! ツトミちゃんはイエロージャケットに通報ヨロシク!」
「はいはーい」
 ツトミの緩んだ返答を聞き終える前に桟橋の先へ急いだツバキが見たのは、先程見掛けたヒューラン族の女性がまさに拐われる瞬間だった。
 奴隷商と思しき三人組は、突然駆け込んで来たミコッテ族の女に驚くも、即座に武器を構えて応戦する態勢を整える辺り、やはり手練れと目されていただけは有る反応速度だった。
 ツバキは現行犯確定と即時判断、奴隷商に向かって駆け込みながら印を結ぶ。
 すぅ――と大気中のエーテルを吸い込み、体内で練ったエーテルと魔力を絡み合わせて、火球として吐き出す。これぞ忍術・火遁。
 吐き出された火球は三人組を爆発させる程の威力を放ち、あっと言う間に戦闘不能に陥らせる。
 拐われかけていたヒューラン族の女性は、腰を抜かした様子で目を白黒させていたものの、ツバキに介抱されてやっと理解が追い着いたのか、脱力してそのまま動かなくなってしまった。
 その後、本物のイエロージャケットが駆けつけ、リムサ・ロミンサを騒がせていた人拐いの事件は終止符が打たれる事になった――――

◇◆◇◆◇

 ――後日。
「ツバキちゃん見て見て~。イエロージャケットから感謝状~。謝礼金とかも入っててさ~、御馳走食べ放題なんだよ~」
「良かったじゃん~。これで私にたからなくても済むね~」
「それはそれだよ~」
「それはそれなのか……」
 ツバキとツトミは、先日の奴隷商大捕り物の感謝状を受け取りにコーラルタワーを訪れ、その帰りに“溺れた海豚亭”でささやかな宴会を開催していた。
「でも凄いよね~、ツバキちゃん、イエロージャケットの人達の顔、大体憶えてるなんてさ~。わたしは無理かな~」
「あー、あれ? 勿論嘘だよ」ドードーのグリルを頬張りながらツバキはあっけらかんと応じた。「何か怪しかったからブラフを掛けただけ~。お陰でまんまとハマってくれたしね」
「なんだぁ~。ツバキちゃん、人の顔を憶えるの得意なのかと思っちゃった~」
 不貞腐れた様子でラノシアトーストを齧るツトミに、ツバキはクスリと笑う。
「逆だよ逆。人の顔なんてすぐ忘れちゃうよ、私。付き合いが無いと、あっと言う間に頭から抜け落ちちゃうからさ」
「えー? じゃあ忘れられないように毎日奢って貰お~っと」
「それはヤメテ」
 けらけら笑い合いながら、ツバキは胸の内で感謝の言葉を浮かべていた。
 記憶の中にいつも居てくれる存在が一人でも居るのは、やっぱり嬉しいから。
 想いは口にせず、今は思い思いに舌鼓を打ち、楽しいひと時に時間を忘れて没頭するツバキなのだった。

🌟後書

 必殺仕事人の世界に少しずつツトミちゃんの方を浸らせていく回ですね(笑)。
 さておき、リアルの方の椿ちゃんは人の顔と名前を憶えるのが非常に苦手で、未だに職場の人間の名前と顔が一致しない事なんてザラに有ります。人の出入りが激しいとかではなく、シンプルに「係わりがあんまり無いなら憶える必要無し」みたいな感じでw
 お陰で「〇〇さん呼んできて~」とか言われると(誰だったかな…)なんて事はしょっちゅうありますw 何と無~く推測してあの辺の人だろうな、みたいな推理をして、近くで「〇〇さ~ん」と声を掛けて反応が有れば(あぁ、この人が〇〇さん)みたいなw
 なもんで、オンラインの世界でもよくあります。(前に付き合いが有った人だけど、何て人だったかな…)なんて事はザラで、今もSNSの相互フォローしてる人ですら、時折名前が思い出せない時が有ったりもするので、シンプルにそういう病気なのかも知れませんw
 逆に言えば、名前がすらぁっと出てくる人は、それだけ付き合いが長いか、程々に濃密な交流をしているかのどちらかなので、そういう事になりますw(どういう事?w)
 ずっと憶えていたい、そういう人と一緒に遊べている事に感謝しつつ、私の事も忘れ去られないように、程々に何かしていたいな、と思う、今日この頃ですw
 と言った所で今回はこの辺で! ここまでお読み頂き有り難う御座いました!

🌸以下感想

とみ
更新お疲れ様ですvv

さすがに職場の方は大丈夫ですが、わたしも人の顔と名前を覚えるのは苦手です。街で声かけられたりしても「あっ、やべ誰だっけ?…」みたいなこと多しw
独断ではありますが、多分に遺伝的なものもあるのではないかなーなんて思ってたりします。
うちの場合母はめちゃめちゃ覚えてるんですよw父はダメダメです。きっと父に似ちゃったんだな。兄は母に似てよく覚えてます。
なにが言いたいかというと、草はやしてこうぜ!wwwwwww(えっ?

さて、相変わらず可愛らしいツトミちゃんですがぽよぽよぽよ~だけではなくなってきています。活躍してますよね。
ツバキちゃんは相変わらずかっちょいいです。咄嗟に敵を試すとか強者っぽさマシマシです。
きっとツバキちゃんもツトミちゃんも色々な思いを持っていると思います。
その思いがうまい具合に交差しちゃってるのかな…二人のやり取りを見ているとそんな感じに見えます。
もっと見ていたいですwぽぇ~

今回も楽しませていただきました!
次回も楽しみにしてますよーv
2024年1月17日水曜日 21:54:12 JST

夜影
>とみちゃん

感想コメント有り難う御座います~!(´▽`*)

とみちゃんも人の顔と名前を憶えるのが苦手…! ナカーマ!w
遺伝的な問題は初めて聞きましたね…! と言う事はワンチャン私の母上か父上も人の名前と顔を憶えるのが苦手の可能性…!
草生やしてこうぜwwwwwwちょっと気にしてただけにそう言ってくれるとシンプルに嬉しいですありが㌧!!(´▽`*)

ツトミちゃん、ぽよぽよぽよ~だけではない、芯に筋が通ってる感じの強さをしっかり兼ね備えているんですよね…!(性癖
咄嗟に敵を試すツバキちゃん、強者っぽさマシマシに映っててほっこりです…!(´▽`*) 必殺仕事人感が出てればよきよき…!w
そうなんですよね、二人とも色々な想いを持っているのが、互いに作用して、良い感じに物語が展開しているのだと思います…!
もっと見ていたい!w 今後もポチポチ彼女らの冒険を書き記していきたいと思います!w

今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!
次回もぜひぜひお楽しみに~!!
2024年1月18日木曜日 15:34:55 JST

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