010.蛮域〈3〉
010.蛮域〈3〉
「ウゴエエエエッッ!」 緊張が限界に達した状態で横合いから突き込まれた衝撃に因り、ゼラフは悶絶しながら吐瀉し、自身の死を覚悟した――――のだが、咳き込み続ける自分の状態を冷静に客観視できた時、その衝撃の元があの蛮竜に因るものではなかったのだと悟る。 真っ白に焼けていた視界が戻ってくる。白雨が少しずつ晴れ間に変わって行く景色の中、己を突き飛ばしたのが、華奢で人形のように無感情なイメージの少女ハンター、シアだったのだと理解する。「シ、シアちゃん……!?」ゼラフが吐瀉物で汚くなった口元を擦りながら慌てて起き上がろうとして、倒れ込んだ彼女を抱き起こす。「だ、大丈夫!?」「……平気」シアもやっと視界が戻ってきたのだろう、何度か瞬きしてゼラフの無事を確認する。「――立って。体勢、立て直す」「そ、そうだ、あのグレンゼブルは――――」辺りを見回すと、すぐに視認できた。グレンゼブルは突進を躱された事に即座に気づき、今まさに反転して再度突貫を仕掛ける準備を整え終えようとしたところだった。「ま、不味いよ不味いよ! 早く逃げ――――ッ」 大慌てで槍と大楯を引っ掴んだゼラフに、シアは太刀を抜刀しながら、顎の先で洞窟を指し示した。「行って。リスタは、ボクが、何とかする」「何とかって……」 ゼラフが装備を纏めて立ち上がる頃には、既にグレンゼブルは突進を始めていた。「――――護りながらじゃ、戦えない」 鋭く、突き放すようにシアは告げた。 その言葉にゼラフは表情を激しく歪ませ、泣きそうな顔で咄嗟に駆け出す。 シアはそんなゼラフの背を見送りながら、寂しそうに口唇を僅かに緩めた。「……それで、良い」 シアの太刀は、防御が可能な武具ではない。ゼラフのランスのように、誰かを護りながら戦えるような武具ではないと言う事だ。 あのままマトモに動けそうに無いゼラフを庇って戦線を維持しようとすれば、必ず綻びが出る。僅かな隙ですら死に繋がる狩猟に於いて、マイナスになる不確定要素は減らすに限る。 ゼラフには悪い事を言ったと自覚している反面、これでゼラフが生き存えられるのなら、自分一人が悪人になろうが構わないと言う意志で、シアは敢えて強い語調で言い切った。 ゼラフを追わせない為に、シアは抜刀した太刀の切っ先をグレンゼブルに据える。「秘伝書、嵐ノ型――――刺突ッ!」 練り上げた練気を刀身に走らせ、大きく踏み込み――――グレンゼブルの左後ろ足を穿つように突き刺す突撃。 グレンゼブルの左後ろ足に突き込まれた太刀の白刃が練気爆発を起こし、多段的にグレンゼブルの肉の内側が爆ぜた。「ガァァァァッ!?」 ゼラフを追って突進の軌道を修正しようとしていたグレンゼブルはそのままスリップを起こしたかのように転倒――ジタバタともがいて、暫く起き上がれそうに無い事をアピールし始めた。 その間にゼラフは洞窟まで逃げ切り、クーリエもその後を追って走り去って行くのが目に映る。 シアは刺突を放った腕に僅かな痛みを覚えつつも、静かに呼気を整えて、徐々に体勢を立て直し始めているグレンゼブルを見据える。 流石に一撃で仕留められるとは露にも思っていなかったが、グレンゼブルはあっと言う間に後ろ足の損傷を無かった事にしたかのように立ち上がり、その怒りに狂った双眸をシアに定めた。「……それで、良い。ボクを、狙え」 背後では横たわったまま動かないリスタが居る事は確認済みで、彼に意識を向けさせないようにシアは立ち回る覚悟を決めていた。 護りながらじゃ、戦えない。 ゼラフにああ言ったのは、紛れも無い事実だ。だから――――「……早く、起きて。一人じゃ、疲れる」 ピクリ。リスタの指が動く。
◇◆◇◆◇
「ゼラフく~ん、待って待って~、どこまで行くつもり~?」 洞窟の中まで逃げ込んだゼラフだったが、そのまま洞窟を越えて走り抜けようとしているのを見て取ったクーリエが、思わずと言った様子でその背に声を投げた。 その声にビクついたゼラフが振り返る。その顔は恐怖に濡れ、足は生まれたてのケルビのように小刻みに震えていた。「ク、クーリエ……っ。ぼ、僕は……っ」 その場に蹲り、嗚咽を漏らす彼に、クーリエは寄り添うようにその背を撫でた。「よしよし~、何も言わなくて~、良いよ~。わたしだって~、逃げ出して来たんだからぁ~」「で、でも……っ。リスタ君が! シアちゃんが! まだっ、まだ……戦ってる……っ!」「そうだねぇ~、わたし達を逃がす為に~、無理してるかも~」 まるで他人事のように、ゼラフの背を優しく撫でながら、クーリエは淡々と応じる。 どうでも良いとでも言いたげな語調で、クーリエは続けた。「わたし達じゃ~、足手纏いかも知れないよね~。このまま~、ベースキャンプまで戻って~、帰っちゃった方が良いかも~」「…………ほ、本気で言ってるのか……?」 やっと顔を上げたゼラフが見たのは、いつもの穏やかな微笑を浮かべたクーリエの、底知れぬ恐ろしさを帯びた両眼だった。 僅かに開いた瞳は、妖しくゼラフを捉えたまま離さない。「……本気で言ってるように聞こえる~?」「…………っ」「……なんてね~。ごめんね~、わたしも~、今はちょっと冷静じゃないかも~、知らない飛竜の狩猟になるかもってなったから~」 てへへ~、といつもの調子に戻ったクーリエに、ゼラフもやっと普段の調子を思い出したのか、気取った雰囲気を取り戻して、乱れていた前髪を書き上げて澄ました表情を覗かせた。「悪いなクーリエ。私も完全に我を失っていた。些か危急に対し脆弱なのが我が宿命……沈着冷静でなければ存命も危うきだと言うのに、な」「うんうん~、ゼラフ君はそうでなくっちゃぁ~♪」 ニッコリと太陽草のように温かな笑顔を返すクーリエに、ゼラフも真剣な表情を頷き返す。「感謝するぞ、クーリエ、我が同胞よ」立ち上がり、ゼラフは洞窟の先――今もグレンゼブルと死闘を繰り広げているであろうシアに歯噛みした。「急ぎ救いの御手を差し伸ばさねばなるまい。我らに沈着せし時間を稼いだ、その恩義を返さずして何が狩人か」「シアちゃんの~、お手伝いに~、行かないとだね~。リスタ君が~、目覚めるまで~、頑張ろ~♪」 おーっ、と手を振り上げるクーリエに、澄ました笑顔で拳を合わせるゼラフ。「いざ往かん! 友を助ける時だ!」「ごーごー♪」 踵を返すように駆け出したゼラフを追い駆けるクーリエ。 一度は主戦場を離れても、一度ならず二度も救われたにも拘らず、このまま逃げ出しては合わせる顔も無し。 ゼラフは己の心臓を奮い起こし、再び高地の頂きへ――グレンゼブルが猛威を振るう地獄へと、足を踏み入れる。
◇◆◇◆◇
「秘伝書、天ノ型――――残像斬りッ!」 グレンゼブルの尻尾振り回しに即応するように残像を残し、一切の隙を見せずにその翼に斬撃を見舞うシア。 前転などの回避行動を起こさず、斬撃と並列で上体を逸らすだけで回避を済ませる、攻防一体の立ち回りに、グレンゼブルも幾度と無く付けられた裂傷に悲鳴を上げる。 時間にして十五分……否、十分と経っていないだろう。グレンゼブルは全身に裂傷を走らせながらも、決して逃げ出そうとしなかったし、シアは滝のように流れる汗を拭いもせずに飛竜を睨み据える。 太刀の秘伝書を披露し続けている影響が全身に出ていた。太刀を握る両腕は疲労で震え、足は膝から先の感覚が無い。それだけの力を練気として練り上げ、行使し続けているシアの体力は、既に限界だった。 秘伝書を駆使した攻撃は全てが全身の練気を消費して打ち込める。故にその一撃一撃が大型モンスターであっても討伐せし得る威力を秘めているのだが……高が十分、されど十分。全身全霊をぶっ続けで行使するには、あまりにも長い時間だった。 相手がリオレイアやイャンクックと言った、誰もが知っているような飛竜種や鳥竜種であれば、事前の動きで何をしてくるか読めるものだし、或る程度は経験や知識で立ち回りをカヴァーできる。 併しこの蛮竜・グレンゼブルに限っては、リスタを除いて誰もが未知の飛竜種であり、何をしてくるのか、どのような攻撃を仕掛けてくるのか、何も分からない状態であるが故に、緊張感が比ではなかった。 五分も打ち合えば、モンスターの方が逃げ出すか、或いはハンターの方が一旦体勢を立て直すべく距離を取るのが定石だ。けれど、どちらも叶う事が無かった。 グレンゼブルはどれだけダメージを被っても狂ったように攻撃を繰り出し続け、シアはリスタを置いて逃げ出す事が出来ない。 結果、満身創痍のシアが、満身創痍である筈にも拘らず依然として攻撃の手を一切緩めないグレンゼブルの猛攻を耐え凌ぐ状態が完成した。「はぁ…………はぁ…………っ」 思考が明滅する。次は何をしてくるのか。五分、十分と打ち合った事で、少しずつグレンゼブルが何をしてくるのか理解できてきたつもりだ。けれど、まだまだ未知の部分が有る。 掠れば死に直結する大型モンスターとの直接対決。この緊張の糸が途切れた瞬間が、己の、そしてリスタの死であると正確に理解しているからこそ、一切の妥協無く、全身全霊を込めて相手しなければならない。 くくっ、とグレンゼブルが鎌首を擡げた。 それは既知のモーション。水圧のレーザーを口から放射する攻撃。岩盤だろうが地面だろうが、勿論人間だろうが、その高水圧のレーザーを受ければ一刀両断待ったなし。マトモに受ければ即死コースの一撃だ。 当たれば死ぬ。 避けなければ。 明滅していた思考が明瞭になる。アクションは至ってシンプルだ。ただ、まっすぐに飛ぶ水流を躱すだけ。 そして、そういう時に限って体は言う事を聴いてくれない。 疲労の蓄積した膝から下が、脳からの伝令を無視して動作を停止していた。 逆に膝から上は、伝令がちゃんと伝達されていると錯覚して次の動きに移っている。 齟齬が生じた肉体は軋轢が生じ、結果としてシアは転倒した。 呆気無い。たった一つのミスで己が死ぬなんて。 人一人救えず。時間すら稼げず。ただただ無駄死に。 愚か過ぎる顛末だった。思わず泣きそうになるが、涙が出る前に手を引っ張られ、強制的に立ち上がらされた。 高水圧のレーザーが通り過ぎる。目前を駆け抜けた水流は地面を引き裂き、奥の岩盤を綺麗に断ち割った。 己の手を握って、まるで踊るようにシアを救った少年は、獰猛な笑みを覗かせてグレンゼブルを睨み据える。「おいおい、寝てる間にパーティを終わらせねェでくれよ、まだ踊り足りねェぜ」 リスタはそう吼えると、シアの肩を叩いて労った。「次は俺の番だ、踊り疲れたならおやつでも食べて寝てな」「……やっと起きたか、ばか」 どうしてこんな奴の為に奮闘していたんだろうと、思わず笑ってしまいそうになるシアだったが、この減らず口を聴けた分は頑張れたかな、と。自分を誉めてやろうと思うのだった。
「ウゴエエエエッッ!」
緊張が限界に達した状態で横合いから突き込まれた衝撃に因り、ゼラフは悶絶しながら吐瀉し、自身の死を覚悟した――――のだが、咳き込み続ける自分の状態を冷静に客観視できた時、その衝撃の元があの蛮竜に因るものではなかったのだと悟る。
真っ白に焼けていた視界が戻ってくる。白雨が少しずつ晴れ間に変わって行く景色の中、己を突き飛ばしたのが、華奢で人形のように無感情なイメージの少女ハンター、シアだったのだと理解する。
「シ、シアちゃん……!?」ゼラフが吐瀉物で汚くなった口元を擦りながら慌てて起き上がろうとして、倒れ込んだ彼女を抱き起こす。「だ、大丈夫!?」
「……平気」シアもやっと視界が戻ってきたのだろう、何度か瞬きしてゼラフの無事を確認する。「――立って。体勢、立て直す」
「そ、そうだ、あのグレンゼブルは――――」辺りを見回すと、すぐに視認できた。グレンゼブルは突進を躱された事に即座に気づき、今まさに反転して再度突貫を仕掛ける準備を整え終えようとしたところだった。「ま、不味いよ不味いよ! 早く逃げ――――ッ」
大慌てで槍と大楯を引っ掴んだゼラフに、シアは太刀を抜刀しながら、顎の先で洞窟を指し示した。
「行って。リスタは、ボクが、何とかする」
「何とかって……」
ゼラフが装備を纏めて立ち上がる頃には、既にグレンゼブルは突進を始めていた。
「――――護りながらじゃ、戦えない」
鋭く、突き放すようにシアは告げた。
その言葉にゼラフは表情を激しく歪ませ、泣きそうな顔で咄嗟に駆け出す。
シアはそんなゼラフの背を見送りながら、寂しそうに口唇を僅かに緩めた。
「……それで、良い」
シアの太刀は、防御が可能な武具ではない。ゼラフのランスのように、誰かを護りながら戦えるような武具ではないと言う事だ。
あのままマトモに動けそうに無いゼラフを庇って戦線を維持しようとすれば、必ず綻びが出る。僅かな隙ですら死に繋がる狩猟に於いて、マイナスになる不確定要素は減らすに限る。
ゼラフには悪い事を言ったと自覚している反面、これでゼラフが生き存えられるのなら、自分一人が悪人になろうが構わないと言う意志で、シアは敢えて強い語調で言い切った。
ゼラフを追わせない為に、シアは抜刀した太刀の切っ先をグレンゼブルに据える。
「秘伝書、嵐ノ型――――刺突ッ!」
練り上げた練気を刀身に走らせ、大きく踏み込み――――グレンゼブルの左後ろ足を穿つように突き刺す突撃。
グレンゼブルの左後ろ足に突き込まれた太刀の白刃が練気爆発を起こし、多段的にグレンゼブルの肉の内側が爆ぜた。
「ガァァァァッ!?」
ゼラフを追って突進の軌道を修正しようとしていたグレンゼブルはそのままスリップを起こしたかのように転倒――ジタバタともがいて、暫く起き上がれそうに無い事をアピールし始めた。
その間にゼラフは洞窟まで逃げ切り、クーリエもその後を追って走り去って行くのが目に映る。
シアは刺突を放った腕に僅かな痛みを覚えつつも、静かに呼気を整えて、徐々に体勢を立て直し始めているグレンゼブルを見据える。
流石に一撃で仕留められるとは露にも思っていなかったが、グレンゼブルはあっと言う間に後ろ足の損傷を無かった事にしたかのように立ち上がり、その怒りに狂った双眸をシアに定めた。
「……それで、良い。ボクを、狙え」
背後では横たわったまま動かないリスタが居る事は確認済みで、彼に意識を向けさせないようにシアは立ち回る覚悟を決めていた。
護りながらじゃ、戦えない。
ゼラフにああ言ったのは、紛れも無い事実だ。だから――――
「……早く、起きて。一人じゃ、疲れる」
ピクリ。リスタの指が動く。
◇◆◇◆◇
「ゼラフく~ん、待って待って~、どこまで行くつもり~?」
洞窟の中まで逃げ込んだゼラフだったが、そのまま洞窟を越えて走り抜けようとしているのを見て取ったクーリエが、思わずと言った様子でその背に声を投げた。
その声にビクついたゼラフが振り返る。その顔は恐怖に濡れ、足は生まれたてのケルビのように小刻みに震えていた。
「ク、クーリエ……っ。ぼ、僕は……っ」
その場に蹲り、嗚咽を漏らす彼に、クーリエは寄り添うようにその背を撫でた。
「よしよし~、何も言わなくて~、良いよ~。わたしだって~、逃げ出して来たんだからぁ~」
「で、でも……っ。リスタ君が! シアちゃんが! まだっ、まだ……戦ってる……っ!」
「そうだねぇ~、わたし達を逃がす為に~、無理してるかも~」
まるで他人事のように、ゼラフの背を優しく撫でながら、クーリエは淡々と応じる。
どうでも良いとでも言いたげな語調で、クーリエは続けた。
「わたし達じゃ~、足手纏いかも知れないよね~。このまま~、ベースキャンプまで戻って~、帰っちゃった方が良いかも~」
「…………ほ、本気で言ってるのか……?」
やっと顔を上げたゼラフが見たのは、いつもの穏やかな微笑を浮かべたクーリエの、底知れぬ恐ろしさを帯びた両眼だった。
僅かに開いた瞳は、妖しくゼラフを捉えたまま離さない。
「……本気で言ってるように聞こえる~?」
「…………っ」
「……なんてね~。ごめんね~、わたしも~、今はちょっと冷静じゃないかも~、知らない飛竜の狩猟になるかもってなったから~」
てへへ~、といつもの調子に戻ったクーリエに、ゼラフもやっと普段の調子を思い出したのか、気取った雰囲気を取り戻して、乱れていた前髪を書き上げて澄ました表情を覗かせた。
「悪いなクーリエ。私も完全に我を失っていた。些か危急に対し脆弱なのが我が宿命……沈着冷静でなければ存命も危うきだと言うのに、な」
「うんうん~、ゼラフ君はそうでなくっちゃぁ~♪」
ニッコリと太陽草のように温かな笑顔を返すクーリエに、ゼラフも真剣な表情を頷き返す。
「感謝するぞ、クーリエ、我が同胞よ」立ち上がり、ゼラフは洞窟の先――今もグレンゼブルと死闘を繰り広げているであろうシアに歯噛みした。「急ぎ救いの御手を差し伸ばさねばなるまい。我らに沈着せし時間を稼いだ、その恩義を返さずして何が狩人か」
「シアちゃんの~、お手伝いに~、行かないとだね~。リスタ君が~、目覚めるまで~、頑張ろ~♪」
おーっ、と手を振り上げるクーリエに、澄ました笑顔で拳を合わせるゼラフ。
「いざ往かん! 友を助ける時だ!」
「ごーごー♪」
踵を返すように駆け出したゼラフを追い駆けるクーリエ。
一度は主戦場を離れても、一度ならず二度も救われたにも拘らず、このまま逃げ出しては合わせる顔も無し。
ゼラフは己の心臓を奮い起こし、再び高地の頂きへ――グレンゼブルが猛威を振るう地獄へと、足を踏み入れる。
◇◆◇◆◇
「秘伝書、天ノ型――――残像斬りッ!」
グレンゼブルの尻尾振り回しに即応するように残像を残し、一切の隙を見せずにその翼に斬撃を見舞うシア。
前転などの回避行動を起こさず、斬撃と並列で上体を逸らすだけで回避を済ませる、攻防一体の立ち回りに、グレンゼブルも幾度と無く付けられた裂傷に悲鳴を上げる。
時間にして十五分……否、十分と経っていないだろう。グレンゼブルは全身に裂傷を走らせながらも、決して逃げ出そうとしなかったし、シアは滝のように流れる汗を拭いもせずに飛竜を睨み据える。
太刀の秘伝書を披露し続けている影響が全身に出ていた。太刀を握る両腕は疲労で震え、足は膝から先の感覚が無い。それだけの力を練気として練り上げ、行使し続けているシアの体力は、既に限界だった。
秘伝書を駆使した攻撃は全てが全身の練気を消費して打ち込める。故にその一撃一撃が大型モンスターであっても討伐せし得る威力を秘めているのだが……高が十分、されど十分。全身全霊をぶっ続けで行使するには、あまりにも長い時間だった。
相手がリオレイアやイャンクックと言った、誰もが知っているような飛竜種や鳥竜種であれば、事前の動きで何をしてくるか読めるものだし、或る程度は経験や知識で立ち回りをカヴァーできる。
併しこの蛮竜・グレンゼブルに限っては、リスタを除いて誰もが未知の飛竜種であり、何をしてくるのか、どのような攻撃を仕掛けてくるのか、何も分からない状態であるが故に、緊張感が比ではなかった。
五分も打ち合えば、モンスターの方が逃げ出すか、或いはハンターの方が一旦体勢を立て直すべく距離を取るのが定石だ。けれど、どちらも叶う事が無かった。
グレンゼブルはどれだけダメージを被っても狂ったように攻撃を繰り出し続け、シアはリスタを置いて逃げ出す事が出来ない。
結果、満身創痍のシアが、満身創痍である筈にも拘らず依然として攻撃の手を一切緩めないグレンゼブルの猛攻を耐え凌ぐ状態が完成した。
「はぁ…………はぁ…………っ」
思考が明滅する。次は何をしてくるのか。五分、十分と打ち合った事で、少しずつグレンゼブルが何をしてくるのか理解できてきたつもりだ。けれど、まだまだ未知の部分が有る。
掠れば死に直結する大型モンスターとの直接対決。この緊張の糸が途切れた瞬間が、己の、そしてリスタの死であると正確に理解しているからこそ、一切の妥協無く、全身全霊を込めて相手しなければならない。
くくっ、とグレンゼブルが鎌首を擡げた。
それは既知のモーション。水圧のレーザーを口から放射する攻撃。岩盤だろうが地面だろうが、勿論人間だろうが、その高水圧のレーザーを受ければ一刀両断待ったなし。マトモに受ければ即死コースの一撃だ。
当たれば死ぬ。
避けなければ。
明滅していた思考が明瞭になる。アクションは至ってシンプルだ。ただ、まっすぐに飛ぶ水流を躱すだけ。
そして、そういう時に限って体は言う事を聴いてくれない。
疲労の蓄積した膝から下が、脳からの伝令を無視して動作を停止していた。
逆に膝から上は、伝令がちゃんと伝達されていると錯覚して次の動きに移っている。
齟齬が生じた肉体は軋轢が生じ、結果としてシアは転倒した。
呆気無い。たった一つのミスで己が死ぬなんて。
人一人救えず。時間すら稼げず。ただただ無駄死に。
愚か過ぎる顛末だった。思わず泣きそうになるが、涙が出る前に手を引っ張られ、強制的に立ち上がらされた。
高水圧のレーザーが通り過ぎる。目前を駆け抜けた水流は地面を引き裂き、奥の岩盤を綺麗に断ち割った。
己の手を握って、まるで踊るようにシアを救った少年は、獰猛な笑みを覗かせてグレンゼブルを睨み据える。
「おいおい、寝てる間にパーティを終わらせねェでくれよ、まだ踊り足りねェぜ」
リスタはそう吼えると、シアの肩を叩いて労った。
「次は俺の番だ、踊り疲れたならおやつでも食べて寝てな」
「……やっと起きたか、ばか」
どうしてこんな奴の為に奮闘していたんだろうと、思わず笑ってしまいそうになるシアだったが、この減らず口を聴けた分は頑張れたかな、と。自分を誉めてやろうと思うのだった。
🌟後書
グレンゼブル編第3話目をお届けです。 言うほどグレンゼブルと戦ってる感無さそうな感じがしていつもの奴ぅ~!wwってなってますww モンハン二次創作小説なのに狩猟シーンをマトモに綴れない作者でごめんねww どうしてもモンスター云々より、ハンター云々を描写し過ぎる癖みたいの、有ると思います。綴りたいのがそこと言うか、ハンター同士の感情や葛藤や迷いや決意や覚悟がワシは読みたいんじゃ…! と言う訳でまだまだ続くよグレンゼブル編! シアちゃんの技のあれこれは創作ですが、モーション自体は昔有ったんだよ…! ワイルズで復活しないかなこの辺のモーション…!w と言った所で今回はこの辺で! ここまでお読み頂き有り難う御座いました!
🌸以下感想
とみ
更新お疲れ様ですvv
わたしも先生と同じものが読みたいので今回最高です。
一度は離脱したものの決意を新たに戦場に戻る二人、仲間を救うために一人奮闘する者…
そして、減らず口とともに復活する者。こんなの涙でちゃうでしょ!
最高です。
今回も楽しませていただきました~!
次回も楽しみにしてますよーv
2024年2月2日金曜日 0:11:09 JST
夜影
>とみちゃん
感想コメント有り難う御座います~!(´▽`*)
良かった~! やっぱりハンター同士の葛藤とか感情とか迷いとか決意とか覚悟とか、そういうのも読みたいですよね…!✨
それ~!!! そういうシーンが綴りたくて綴ってるので、そういうシーンで涙出ちゃうとか言われたら嬉し過ぎて舞い上がっちゃう奴!!!!
とみちゃんの感想も最高でした…最高~💕
今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!
次回もぜひぜひお楽しみに~!!
2024年2月2日金曜日 8:01:54 JST
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