014.蒼炎竜騎士団〈2〉
014.蒼炎竜騎士団〈2〉
アリスに連れられて来た場所は、狩人都市・アルテミスのまさに中枢とも言うべき、市街地の中央に座す城のような建造物の中だった。 無数のハンターが行き交う城内は活気に満ち、誰もが次の狩猟へ、次の依頼へと動き出す準備に明け暮れている。 外で見た青色の装備を纏ったハンター達はどうやら彼らの世話係のようで、狩猟に赴く訳ではなく、ハンターの身支度の手伝いや、依頼の通達、報酬の受け渡しなどを請け負っているように見受けられた。 その中でアリスの姿を見た者は一様にお辞儀を見せたり敬礼を見せたりして、彼女に何かしらの敬意を見せて立ち止まる者が多い……否、立ち止まらない者など居なかった。 流石に猟団長を務めるだけあって、団員にとっては仰ぎ見る存在……言わば信仰の対象とでも言うように、皆一様に瞳を輝かせて彼女を眺めている。 そんな視線に入り込む形でアリスを追う形になったシア、ゼラフ、クーリエ、そしてギロウは若干の居心地の悪さを感じながら、彼女に担がれたまま運ばれていくリスタを追って城内の奥――【蒼炎竜騎士団】の本拠地の最奥へと辿り着く。 円卓が中央に鎮座する会議室に辿り着いたアリスは、四人に向き直ると「好きに掛けてくれ。上座や下座は気にしなくて良い」と柔らかく微笑んだ。 四人はリスタの様子を窺いながら、取り敢えずと言った風情で近くに有った席に腰掛ける。「おや、お客人ですか。アリス様、そちらの怪我人は?」 四人は腰掛けた瞬間、円卓の奥に誰かが座していた事に気づく。気配が全く感じられなかった事に驚き、刹那に警戒度が上がるが、彼からは敵意も害意も感じられなかった。 眼鏡を掛けた七三分けの男。座っていても分かるぐらいには上背が有る……アリスがモデルのような体型であるなら、男は背丈が異様に高い、モデルではなくアスリートのような体型、とでも言うべきだろうか。 細長いと言って差し支えない、ひょろりとした体躯に、手足も異様に長い事から、同じ人族とは一瞬思えないぐらいの違和感を覚える。「レイヴンが発作で痛めつけた被害者だ。手当てして貰いたい」 アリスが男に向かって丁寧にリスタを下ろすと、眼鏡の男はゆっくりと立ち上がり、その細長い両腕でリスタを抱えると、「やれやれ、困った男だ。そんなに弄られるのが嫌なら、ウィッグないし被り物でもすれば良いものを」と呆れ果てたと言わんばかりに鼻息を落とし、軽々とリスタを担いで会議室を後にしていく。「リスタ君は……」思わずと言った様子でゼラフは口を開くも、慌てて口を噤むように両手で口を押さえた。「案ずるな、医療班の下で治療を受けさせるだけだ。心配せずとも、すぐに元気になって戻ってくる」アリスは空いている席に腰掛けながら応じると、改めてギロウに視線を向けた。「さて、顛末は移動しながら聞き及んでいる。レイヴンが君に対して違和感を覚えて声を掛けたそうだが、それが乱闘の一因となった事は改めて謝罪する。本当に申し訳ない事をした」 深々と頭を下げるアリスに、ギロウは慌てた様子で「あ、えと、そんな、大丈夫、です……」と身振り手振りを交えて応じる。「レイヴン、問答無用で、彼を、責めてた。何か理由、有るの?」 鋭い視線でアリスを捉えるシアに、ゼラフが心臓を口から吐き出しかねない勢いで驚いたが、声を発する事は無かった。 頭を上げたアリスは、シアに視線を転ずると、悠然と腕を組んで背凭れに寄りかかった。「私もその事で貴様らに話が有って、ここまで来て貰ったのだ。少年の持つその採集品……イワヒメ草に就いてだ」 アリスの鋭い眼光に晒され、ギロウは思わず小さな悲鳴を上げてしまう。アリスはそんなギロウの反応に辛そうな表情を一瞬だけ覗かせたが、すぐに空咳を挟んでシアに向き直る。「今治療を受けているハンター……リスタと言ったか。彼がイワヒメ草を見つけたと言ったな。それは確かなのだな?」「ボク達、四人で、見つけた」 訥々とではあるが、確かな意志を見せて告げるシアに、ゼラフとクーリエも同調するように首肯を見せる。 アリスは腕を組んだまま難しい表情を覗かせ、「そうか……」と重たい嘆息を落とした。「もしかして~、私達~、いけない事~、しちゃったんですかぁ~?」 クーリエがおっとりと尋ね、ゼラフが再び心臓を口から吐き出しかねない驚きを見せたが、やはり声は出なかった。 アリスは瞑目したまま言い淀むも、数瞬の間を置いてからゆっくりと両眼を開いた。「……その様子だと、貴様らまで伝わっていなかったのだろうな。イワヒメ草はアルテミスでは現在、禁制品として扱われているのだ。持っていれば、それだけで賊や野盗に狙われかねないからな」「きんせいひん……?」ギロウが難しい言葉に小首を傾げる。「持ってちゃダメ……って事なのか……? じゃなかった、ですか?」「噛み砕いて言うとそうなる」ギロウに向かって首肯を返すアリス。「近隣の貴族連中が、ゴロツキハンターに乱獲をさせ続けた結果、イワヒメ草の稀少価値は最早モンスターの素材に匹敵するレヴェルにまでなった。それ故、イワヒメ草の乱獲を防ぐべく、狩人都市・アルテミスでは一時的に禁制品として扱い、所有している者が居れば罰する、と言う暫定的なルールが敷かれているのだ。まだ都市全体にまで行き渡っていなかった事が、理解できたがな……」 ふぅー……と残念そうに溜め息を落とすアリスに、ギロウは慌てた様子でシアに頭を下げた。「ごめんなさい、姉ちゃん、兄ちゃん! おれ、そんなの知らなくて、どうしたら……っ!」「落ち着きたまえ。君を罰するつもりも、況してやイワヒメ草を見つけてきた貴様らを罰するつもりも、私にはない。ルールの周知が行き渡っていなかった事に端を発するトラブルなのだ、貴様らには落ち度が無かったのだと私は認識している。貴様らが知ってて虚言を弄している可能性も有り得ない訳ではないが……私は貴様らの善性を信じたい。これでその話は終わりだ」 ギロウがほぅーっと安堵の溜め息を落として、何度も何度もシアやゼラフに頭を下げていると、アリスが「そこで、次の話に入らせて貰いたい」と声を上げた。「次の話?」コト、と小首を傾げるシア。「最早見つける事すら不可能とまで言わしめた、そのイワヒメ草。どこで見つけたのか、教えて貰う事は可能だろうか」 慄然とする声で、アリスが尋ねる。それはギロウには感じられず、シアやゼラフ、クーリエにだけ感じる、殺意の奔流だった。「貴様らがハンターである事は理解している。だが、正しく狩場で手に入れたと言う証明が出来ない場合、貴様らにはイワヒメ草を悪しき方法で入手した咎人と見て、罰する他無い」人を殺すような眼差しで、アリスは問う。「そのイワヒメ草、どこで入手したのか、聴かせて貰えるだろうか?」 凍えるような声に、会議室が緊張感で凝結したような空気になるも、次の瞬間、扉が大きな音を立てて開け放たれ、奥からリスタが全身包帯塗れで入って来た。「おうおう、人の戦利品を奪おうとして暴力沙汰を起こしたかと思や、今度は恐喝かァ? とんでもねー猟団だな、この【蒼炎竜騎士団】とか言う猟団はよォ」「リスタ」「リスタ君!」「リスタく~ん♪」 シア、ゼラフ、クーリエがリズミカルに声を掛けると、リスタは「おぅ、待たせたな」と包帯だらけの手を挙げた。「医療班の治療が効いたようだな。健勝そうで何よりだ」アリスが柔らかく微笑む。「併し酷い言われようだな。我が猟団は品行方正を謳っているつもりだ……一部、頭に血が上ると問題を起こすトラブルメイカーを抱えている事は、頭の痛い問題として理解している」「採集依頼を熟してきたハンターから戦利品を奪い取ろうと暴行を働いて? 怪我をさせたから治療を受けさせてやった、その見返りに戦利品を恐喝して奪う猟団のどこが品行方正なのか、俺にゃァとんと理解できねェな。それとも無法地帯ではそれが絶対のルールなのか? 話し合いではなく、力で分からせるのが法だと?」 アリスの眉間に鋭い皺が寄り、リスタの表情も険しさそのもの。互いに睨み合い、一触即発の空気がピリピリと流れ始めた。「やれやれ……。ここでも乱闘騒ぎを起こすつもりですか? 勘弁してくださいよ……既に弁当屋への修繕費、破壊された弁当の買い取り、弁当屋の主人の医療費だけで、どれだけ無用な費用が嵩んだと思っているんですか……?」 リスタから遅れて会議室に入って来たのは、先程リスタを担いで出て行った長身痩躯の眼鏡の男だった。困った表情をしながら眼鏡を掛け直し、アリスとリスタの間に割って入る。「それは私のせいでは……」アリスが唇を尖らせてぼやく。「おぅ、言ってやれ言ってやれ。誰のせいでこんな傷物にされたんだってな」悪い顔で笑い始めるリスタ。「いやあのね、君のその言動にも問題が有る事を自覚してください」眼鏡の男が胡散臭そうにリスタを見やる。「無用なトラブルは回避する、これもハンターとして備わっていなければならない素養ですよ。でなければただのならず者、暴力で事を為すだけの無法者としか言えません」「ちッ」舌打ちを返すも、言い返せないのかリスタはそれ以上言葉を続けなかった。 二人が面白くなさそうにそっぽを向いたのを見て、眼鏡の男は呆れた風に肩を竦めると、改めてシア達に視線を向けた。「申し遅れました、わたくし【蒼炎竜騎士団】で団長の補佐を務めております、ライツと申します。以後お見知り置きを」優雅に一礼すると、眼鏡の男――ライツは眼鏡のブリッジを持ち上げた。「さて、イワヒメ草の問題ですが、ギロウ君は狩人都市・アルテミスの御触れを知らずにハンターに依頼を出してしまった。リスタ君、シアさん、ゼラフ君、クーリエさんは、同じく狩人都市・アルテミスの御触れを知らずにイワヒメ草を採集してきてしまった。これは間違いないですか?」「おぅ、そんな御触れが出てるなら競売でも出しとけよ」ケッと吐き捨てるリスタ。「まぁ知っててもそいつが欲しがってたんだ、採集にゃァ行くと思うがな」「なるほど。こちらが問題視してるのは、そのイワヒメ草が本当に自ら狩場に赴いて採集した物か否か、これだけです」ライツは眼鏡のブリッジを押し上げてリスタを見据える。「狩人都市・アルテミスでは違法な取引をする商人も少なくありません。そういう連中は特定して法的措置を執っている現状、皆さんにも適用されます。現地で採集を行ったと証明できる品をお持ちで有ればご提示頂きたく。勿論証人でも構いませんよ」 リスタは面倒臭そうに溜め息を吐き出し、シアに視線を向ける。 シアは自分に視線を向けられた事に不思議そうに小首を傾げた後、「あ、」とポーチを漁って、それをアリスとライツに見せた。「これは……」「……!」 アリスが怪訝に見つめ、ライツが驚きに目を輝かせたそれこそは、蛮竜・グレンゼブルの青き鱗。 シアが無言でそれを見せた後、いそいそとポーチに戻して、踏ん反り返った。「分かった、か」「何でテメエが偉そうなんだよ、テメエじゃなくて俺らの手柄だろおい」「リスタの分まで、偉そうにしてやってる」「何でだよ……」 リスタが頭を抱えてると、ライツが空咳を落とした。「……イワヒメ草を採集してきたと言う証拠、これ以上に無いとは言え……とんでもない物を持ってきましたね……」ライツの様子が若干おかしかった。驚きと喜びが入り混じる震えを伴って、シアを見つめる。「まさか貴方方のようなハンターが、グレンゼブルを……」「おい、まさかグレンゼブルを討伐した証拠も出せとか言い出さねェだろうなお前」リスタが釘を刺すように吼えた。「だとしたら流石に黙っちゃいられねェな、人の手柄を貶める行為だきゃァ認められねェ。テメエらが何者だろうがその喧嘩は買うぜ?」「あぁ、済みません。勘違いされたのでしたら謝ります。リスタ君、貴方がグレンゼブルを屠ったと言うのならそうなのでしょう、これほどの鮮度の素材を、このタイミングで用意する咎人であれば、最早我々の手に負えないと言う事ですから」ライツは柔らかく微笑み、リスタに頭を下げた。「今までの非礼を詫びます。本当に申し訳ない。【蒼炎竜騎士団】の総意を以て、貴方方に謝意を示します」「団長を前にして勝手に総意を語らないで貰いたいな、ライツ」面目丸つぶれと言う態で腕を組むアリス。「併し、ライツがそう言うのなら、そういう事なのだろう。疑って済まなかった。この通りだ」 そう言ってアリスが席を立ち、深々と頭を下げる光景を見て、ゼラフが泡を噴きかねないほど驚いていたが、皆無視してそれを受け入れた。「これでやっと帰らせて貰えるのか? ったく、下らねェ事に付き合わせやがって……」「まぁ待て。リスタ、と言ったな。貴様、ウチに届いた依頼の下請けなど興味は無いか?」「何??」 もう帰る気満々で会議室を出ようとしたリスタの背に、アリスが軽い口調で声を掛けた。「口に糊してハンター業を続けるのも大変だろう。その腕を見込んで一つ、貴様に依頼を出したい。頼まれて貰えるだろうか」「ふざけろよテメエ……散々嫌疑吹っ掛けて暴力沙汰の末に恐喝、挙句パシリにまでするたァ、どういう教育してんだよこの猟団は。チャチャブーの方がまだお淑やかだぜ?」「はっはっは、嫌疑が晴れたからと随分調子に乗っているようだがリスタ君、君が余計な事を口走らなければ弁当屋が全壊する事も無かったと言う事を忘れないでくれたまえよ?」「ハァ!? ありゃどう考えても手前ンとこのハゲが――――ッ」「おい、これ以上倒壊店舗を増やすような問答はやめてくれ。穏やかな取引で終わらせたいんだ、互いにこれ以上無用な傷は作りたくあるまい? それとも何か? 狩人都市・アルテミスの最大手の猟団から見放された状態で活動したいのか君は」「こいつ……ッ!」 再びリスタが殴りかかろうとしたタイミングで、シアが手で制した。リスタがメンチを切るも、無視してシアはアリスに向き直る。「聴くだけ、聴く。受けるかどうかは、依頼次第」「おいシア!」「お金が無くて、ご飯、食べられないの、事実。今は、やれる事、やるべき」「ちッ……」 リスタが苛立ち紛れに地団太を踏み始めたが、ゼラフが泡を噴きかねない勢いで宥めたので、何とかなるのだった。「話は纏まったかな? では依頼の話だが――――」
アリスに連れられて来た場所は、狩人都市・アルテミスのまさに中枢とも言うべき、市街地の中央に座す城のような建造物の中だった。
無数のハンターが行き交う城内は活気に満ち、誰もが次の狩猟へ、次の依頼へと動き出す準備に明け暮れている。
外で見た青色の装備を纏ったハンター達はどうやら彼らの世話係のようで、狩猟に赴く訳ではなく、ハンターの身支度の手伝いや、依頼の通達、報酬の受け渡しなどを請け負っているように見受けられた。
その中でアリスの姿を見た者は一様にお辞儀を見せたり敬礼を見せたりして、彼女に何かしらの敬意を見せて立ち止まる者が多い……否、立ち止まらない者など居なかった。
流石に猟団長を務めるだけあって、団員にとっては仰ぎ見る存在……言わば信仰の対象とでも言うように、皆一様に瞳を輝かせて彼女を眺めている。
そんな視線に入り込む形でアリスを追う形になったシア、ゼラフ、クーリエ、そしてギロウは若干の居心地の悪さを感じながら、彼女に担がれたまま運ばれていくリスタを追って城内の奥――【蒼炎竜騎士団】の本拠地の最奥へと辿り着く。
円卓が中央に鎮座する会議室に辿り着いたアリスは、四人に向き直ると「好きに掛けてくれ。上座や下座は気にしなくて良い」と柔らかく微笑んだ。
四人はリスタの様子を窺いながら、取り敢えずと言った風情で近くに有った席に腰掛ける。
「おや、お客人ですか。アリス様、そちらの怪我人は?」
四人は腰掛けた瞬間、円卓の奥に誰かが座していた事に気づく。気配が全く感じられなかった事に驚き、刹那に警戒度が上がるが、彼からは敵意も害意も感じられなかった。
眼鏡を掛けた七三分けの男。座っていても分かるぐらいには上背が有る……アリスがモデルのような体型であるなら、男は背丈が異様に高い、モデルではなくアスリートのような体型、とでも言うべきだろうか。
細長いと言って差し支えない、ひょろりとした体躯に、手足も異様に長い事から、同じ人族とは一瞬思えないぐらいの違和感を覚える。
「レイヴンが発作で痛めつけた被害者だ。手当てして貰いたい」
アリスが男に向かって丁寧にリスタを下ろすと、眼鏡の男はゆっくりと立ち上がり、その細長い両腕でリスタを抱えると、「やれやれ、困った男だ。そんなに弄られるのが嫌なら、ウィッグないし被り物でもすれば良いものを」と呆れ果てたと言わんばかりに鼻息を落とし、軽々とリスタを担いで会議室を後にしていく。
「リスタ君は……」思わずと言った様子でゼラフは口を開くも、慌てて口を噤むように両手で口を押さえた。
「案ずるな、医療班の下で治療を受けさせるだけだ。心配せずとも、すぐに元気になって戻ってくる」アリスは空いている席に腰掛けながら応じると、改めてギロウに視線を向けた。「さて、顛末は移動しながら聞き及んでいる。レイヴンが君に対して違和感を覚えて声を掛けたそうだが、それが乱闘の一因となった事は改めて謝罪する。本当に申し訳ない事をした」
深々と頭を下げるアリスに、ギロウは慌てた様子で「あ、えと、そんな、大丈夫、です……」と身振り手振りを交えて応じる。
「レイヴン、問答無用で、彼を、責めてた。何か理由、有るの?」
鋭い視線でアリスを捉えるシアに、ゼラフが心臓を口から吐き出しかねない勢いで驚いたが、声を発する事は無かった。
頭を上げたアリスは、シアに視線を転ずると、悠然と腕を組んで背凭れに寄りかかった。
「私もその事で貴様らに話が有って、ここまで来て貰ったのだ。少年の持つその採集品……イワヒメ草に就いてだ」
アリスの鋭い眼光に晒され、ギロウは思わず小さな悲鳴を上げてしまう。アリスはそんなギロウの反応に辛そうな表情を一瞬だけ覗かせたが、すぐに空咳を挟んでシアに向き直る。
「今治療を受けているハンター……リスタと言ったか。彼がイワヒメ草を見つけたと言ったな。それは確かなのだな?」
「ボク達、四人で、見つけた」
訥々とではあるが、確かな意志を見せて告げるシアに、ゼラフとクーリエも同調するように首肯を見せる。
アリスは腕を組んだまま難しい表情を覗かせ、「そうか……」と重たい嘆息を落とした。
「もしかして~、私達~、いけない事~、しちゃったんですかぁ~?」
クーリエがおっとりと尋ね、ゼラフが再び心臓を口から吐き出しかねない驚きを見せたが、やはり声は出なかった。
アリスは瞑目したまま言い淀むも、数瞬の間を置いてからゆっくりと両眼を開いた。
「……その様子だと、貴様らまで伝わっていなかったのだろうな。イワヒメ草はアルテミスでは現在、禁制品として扱われているのだ。持っていれば、それだけで賊や野盗に狙われかねないからな」
「きんせいひん……?」ギロウが難しい言葉に小首を傾げる。「持ってちゃダメ……って事なのか……? じゃなかった、ですか?」
「噛み砕いて言うとそうなる」ギロウに向かって首肯を返すアリス。「近隣の貴族連中が、ゴロツキハンターに乱獲をさせ続けた結果、イワヒメ草の稀少価値は最早モンスターの素材に匹敵するレヴェルにまでなった。それ故、イワヒメ草の乱獲を防ぐべく、狩人都市・アルテミスでは一時的に禁制品として扱い、所有している者が居れば罰する、と言う暫定的なルールが敷かれているのだ。まだ都市全体にまで行き渡っていなかった事が、理解できたがな……」
ふぅー……と残念そうに溜め息を落とすアリスに、ギロウは慌てた様子でシアに頭を下げた。
「ごめんなさい、姉ちゃん、兄ちゃん! おれ、そんなの知らなくて、どうしたら……っ!」
「落ち着きたまえ。君を罰するつもりも、況してやイワヒメ草を見つけてきた貴様らを罰するつもりも、私にはない。ルールの周知が行き渡っていなかった事に端を発するトラブルなのだ、貴様らには落ち度が無かったのだと私は認識している。貴様らが知ってて虚言を弄している可能性も有り得ない訳ではないが……私は貴様らの善性を信じたい。これでその話は終わりだ」
ギロウがほぅーっと安堵の溜め息を落として、何度も何度もシアやゼラフに頭を下げていると、アリスが「そこで、次の話に入らせて貰いたい」と声を上げた。
「次の話?」コト、と小首を傾げるシア。
「最早見つける事すら不可能とまで言わしめた、そのイワヒメ草。どこで見つけたのか、教えて貰う事は可能だろうか」
慄然とする声で、アリスが尋ねる。それはギロウには感じられず、シアやゼラフ、クーリエにだけ感じる、殺意の奔流だった。
「貴様らがハンターである事は理解している。だが、正しく狩場で手に入れたと言う証明が出来ない場合、貴様らにはイワヒメ草を悪しき方法で入手した咎人と見て、罰する他無い」人を殺すような眼差しで、アリスは問う。「そのイワヒメ草、どこで入手したのか、聴かせて貰えるだろうか?」
凍えるような声に、会議室が緊張感で凝結したような空気になるも、次の瞬間、扉が大きな音を立てて開け放たれ、奥からリスタが全身包帯塗れで入って来た。
「おうおう、人の戦利品を奪おうとして暴力沙汰を起こしたかと思や、今度は恐喝かァ? とんでもねー猟団だな、この【蒼炎竜騎士団】とか言う猟団はよォ」
「リスタ」「リスタ君!」「リスタく~ん♪」
シア、ゼラフ、クーリエがリズミカルに声を掛けると、リスタは「おぅ、待たせたな」と包帯だらけの手を挙げた。
「医療班の治療が効いたようだな。健勝そうで何よりだ」アリスが柔らかく微笑む。「併し酷い言われようだな。我が猟団は品行方正を謳っているつもりだ……一部、頭に血が上ると問題を起こすトラブルメイカーを抱えている事は、頭の痛い問題として理解している」
「採集依頼を熟してきたハンターから戦利品を奪い取ろうと暴行を働いて? 怪我をさせたから治療を受けさせてやった、その見返りに戦利品を恐喝して奪う猟団のどこが品行方正なのか、俺にゃァとんと理解できねェな。それとも無法地帯ではそれが絶対のルールなのか? 話し合いではなく、力で分からせるのが法だと?」
アリスの眉間に鋭い皺が寄り、リスタの表情も険しさそのもの。互いに睨み合い、一触即発の空気がピリピリと流れ始めた。
「やれやれ……。ここでも乱闘騒ぎを起こすつもりですか? 勘弁してくださいよ……既に弁当屋への修繕費、破壊された弁当の買い取り、弁当屋の主人の医療費だけで、どれだけ無用な費用が嵩んだと思っているんですか……?」
リスタから遅れて会議室に入って来たのは、先程リスタを担いで出て行った長身痩躯の眼鏡の男だった。困った表情をしながら眼鏡を掛け直し、アリスとリスタの間に割って入る。
「それは私のせいでは……」アリスが唇を尖らせてぼやく。
「おぅ、言ってやれ言ってやれ。誰のせいでこんな傷物にされたんだってな」悪い顔で笑い始めるリスタ。
「いやあのね、君のその言動にも問題が有る事を自覚してください」眼鏡の男が胡散臭そうにリスタを見やる。「無用なトラブルは回避する、これもハンターとして備わっていなければならない素養ですよ。でなければただのならず者、暴力で事を為すだけの無法者としか言えません」
「ちッ」舌打ちを返すも、言い返せないのかリスタはそれ以上言葉を続けなかった。
二人が面白くなさそうにそっぽを向いたのを見て、眼鏡の男は呆れた風に肩を竦めると、改めてシア達に視線を向けた。
「申し遅れました、わたくし【蒼炎竜騎士団】で団長の補佐を務めております、ライツと申します。以後お見知り置きを」優雅に一礼すると、眼鏡の男――ライツは眼鏡のブリッジを持ち上げた。「さて、イワヒメ草の問題ですが、ギロウ君は狩人都市・アルテミスの御触れを知らずにハンターに依頼を出してしまった。リスタ君、シアさん、ゼラフ君、クーリエさんは、同じく狩人都市・アルテミスの御触れを知らずにイワヒメ草を採集してきてしまった。これは間違いないですか?」
「おぅ、そんな御触れが出てるなら競売でも出しとけよ」ケッと吐き捨てるリスタ。「まぁ知っててもそいつが欲しがってたんだ、採集にゃァ行くと思うがな」
「なるほど。こちらが問題視してるのは、そのイワヒメ草が本当に自ら狩場に赴いて採集した物か否か、これだけです」ライツは眼鏡のブリッジを押し上げてリスタを見据える。「狩人都市・アルテミスでは違法な取引をする商人も少なくありません。そういう連中は特定して法的措置を執っている現状、皆さんにも適用されます。現地で採集を行ったと証明できる品をお持ちで有ればご提示頂きたく。勿論証人でも構いませんよ」
リスタは面倒臭そうに溜め息を吐き出し、シアに視線を向ける。
シアは自分に視線を向けられた事に不思議そうに小首を傾げた後、「あ、」とポーチを漁って、それをアリスとライツに見せた。
「これは……」「……!」
アリスが怪訝に見つめ、ライツが驚きに目を輝かせたそれこそは、蛮竜・グレンゼブルの青き鱗。
シアが無言でそれを見せた後、いそいそとポーチに戻して、踏ん反り返った。
「分かった、か」
「何でテメエが偉そうなんだよ、テメエじゃなくて俺らの手柄だろおい」
「リスタの分まで、偉そうにしてやってる」
「何でだよ……」
リスタが頭を抱えてると、ライツが空咳を落とした。
「……イワヒメ草を採集してきたと言う証拠、これ以上に無いとは言え……とんでもない物を持ってきましたね……」ライツの様子が若干おかしかった。驚きと喜びが入り混じる震えを伴って、シアを見つめる。「まさか貴方方のようなハンターが、グレンゼブルを……」
「おい、まさかグレンゼブルを討伐した証拠も出せとか言い出さねェだろうなお前」リスタが釘を刺すように吼えた。「だとしたら流石に黙っちゃいられねェな、人の手柄を貶める行為だきゃァ認められねェ。テメエらが何者だろうがその喧嘩は買うぜ?」
「あぁ、済みません。勘違いされたのでしたら謝ります。リスタ君、貴方がグレンゼブルを屠ったと言うのならそうなのでしょう、これほどの鮮度の素材を、このタイミングで用意する咎人であれば、最早我々の手に負えないと言う事ですから」ライツは柔らかく微笑み、リスタに頭を下げた。「今までの非礼を詫びます。本当に申し訳ない。【蒼炎竜騎士団】の総意を以て、貴方方に謝意を示します」
「団長を前にして勝手に総意を語らないで貰いたいな、ライツ」面目丸つぶれと言う態で腕を組むアリス。「併し、ライツがそう言うのなら、そういう事なのだろう。疑って済まなかった。この通りだ」
そう言ってアリスが席を立ち、深々と頭を下げる光景を見て、ゼラフが泡を噴きかねないほど驚いていたが、皆無視してそれを受け入れた。
「これでやっと帰らせて貰えるのか? ったく、下らねェ事に付き合わせやがって……」
「まぁ待て。リスタ、と言ったな。貴様、ウチに届いた依頼の下請けなど興味は無いか?」「何??」
もう帰る気満々で会議室を出ようとしたリスタの背に、アリスが軽い口調で声を掛けた。
「口に糊してハンター業を続けるのも大変だろう。その腕を見込んで一つ、貴様に依頼を出したい。頼まれて貰えるだろうか」
「ふざけろよテメエ……散々嫌疑吹っ掛けて暴力沙汰の末に恐喝、挙句パシリにまでするたァ、どういう教育してんだよこの猟団は。チャチャブーの方がまだお淑やかだぜ?」
「はっはっは、嫌疑が晴れたからと随分調子に乗っているようだがリスタ君、君が余計な事を口走らなければ弁当屋が全壊する事も無かったと言う事を忘れないでくれたまえよ?」
「ハァ!? ありゃどう考えても手前ンとこのハゲが――――ッ」「おい、これ以上倒壊店舗を増やすような問答はやめてくれ。穏やかな取引で終わらせたいんだ、互いにこれ以上無用な傷は作りたくあるまい? それとも何か? 狩人都市・アルテミスの最大手の猟団から見放された状態で活動したいのか君は」「こいつ……ッ!」
再びリスタが殴りかかろうとしたタイミングで、シアが手で制した。リスタがメンチを切るも、無視してシアはアリスに向き直る。
「聴くだけ、聴く。受けるかどうかは、依頼次第」「おいシア!」「お金が無くて、ご飯、食べられないの、事実。今は、やれる事、やるべき」「ちッ……」
リスタが苛立ち紛れに地団太を踏み始めたが、ゼラフが泡を噴きかねない勢いで宥めたので、何とかなるのだった。
「話は纏まったかな? では依頼の話だが――――」
🌟後書
約3週間振りの最新話更新です! 大変お待たせ致しましたーッ! リアルが色々有ったので許してんこ盛り!ww と言う訳で今回のお話ですが、いやぁーテキストが踊ってしまって久方振りに文字数が爆発しました(笑)。言うほど熱い展開とか、胸躍るシチュエーションと言う訳ではないと思うのですが、話術で話が進む展開の時、どうしても文字数爆発しがち…!ww 新キャラのライツさんは言い方はアレですけど、異形のような姿をした、一番マトモな人、と言う位置づけで綴っています。この人が居ないと【蒼炎竜騎士団】は成り立ってなかっただろうなって言う苦労人です(笑)。絶対つよつよハンターだけで猟団を立ち上げたら成り立たないよ!ww マトモなハンターが強くなる訳無いもん!www(熱い持論 次回は新しい依頼の始まり、かも知れません。モンハン小説なのに狩場に居る時間の方が少ないって言ういつもの私の作風が活かされてますね!www(笑) と言った所で今回はこの辺で! ここまでお読み頂き有り難う御座いました!
🌸以下感想
とみ
更新お疲れ様ですvv
一件落着な感じが漂っておりますが、うまく丸め込まれたというか…w
さすが苦労人ライツさん、引き際を心得られていて血気盛んな若者たちをうまい具合に収められていましたw縁の下の力持ちタイプ!
リスタくんたちもだいぶ勝手に動けるようになってきてる感じがしますね。
いい感じです!どんな依頼が押し付けられるのか(オイッw楽しみですw
今回も楽しませていただきました!
次回も楽しみにしてますよーv
2024年3月18日月曜日 22:41:02 JST
夜影
>とみちゃん
感想コメント有り難う御座います~!(´▽`*)
ですですwwなんやかんやしてる内に丸め込まれてる感…!ww
縁の下の力持ちタイプ! まさにそれ!ww 血気盛んなハンター多過ぎ問題でも、一人こういう纏めてくれる方がいらっしゃるだけで全然違う!www(笑)
勝手に動けるようになってきたのはまさにまさに! 少しずつ出来る事とやれる事を増やして、彼らの行動範囲を拡張してやらねば…!
どんな依頼を押し付けられるのか、ぜひぜひお楽しみに!ww(笑)
今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!
次回もぜひぜひお楽しみに~!(´▽`*)
2024年3月19日火曜日 8:02:03 JST
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