第26話 応報の果てに〈5〉
第26話 応報の果てに〈5〉
「ここにツバキちゃんが……!」
カレハをこっそり追跡し、辿り着いた先は外壁が剥がれ落ち、門扉も壊れてしまっている武家屋敷だった。
カレハは追跡されている事に気づいた様子も無く、速足気味に崩壊しかけている武家屋敷の中に入って行く。
ツトミは皆を振り返って確認すると、ウイが抱きかかえていた追跡君を示して、頷いた。
「追跡君も、ツバキさんがここに居ると……!」
「仮に――仮にここが戦地になれば、赤誠組が黙っていまい」サクノが神妙な面持ちで呟く。「赤誠組とは言わば、リムサ・ロミンサで言うところのイエロージャケットでな。ここクガネで刃傷沙汰が起きようものなら、問答無用で犯人の首を刎ねる警邏組織で御座る」
「トラブルが発生した場合、あたし達もヤバいって事?」ユキが怪訝な表情で尋ねる。「この場合、人ん家に不法侵入した不届き者扱いになるのかしら」
「では……私が、外を見張ります……! 外で、動きが有りましたら……リンクシェルにて、一報……入れます……!」
「で、でしたら、私も! 見張りの役に就きます……! 戦力にはならないと思うので……」
ミリがリンクシェルを叩いて主張し、ウイが不安げに続けた。
ツトミ、サクノ、ユキの三人は首肯を返し、「お願いね、ミリたん、ウイちゃん」とツトミは二人の肩をポン、と叩き、「じゃ、行こう」と、先陣を切って武家屋敷へと足を踏み入れた。
中は手入れがほぼされておらず、畳は剥がれ、戸は崩れ、壁紙も軒並み剥がれ落ちている有り様だった。
やがて夜になろうと言う夕暮れ時にも拘らず、灯りは無く、薄ぼんやりとした闇が随所に蟠っている。
人の気配はするが、まるで死んでしまったかのような家屋だった。
ぎしり、ぎしりと、木の板を踏み締める軋みを聴きながら、一歩一歩武家屋敷の奥へと進んでいく。
やがて辿り着いたのは、中庭と思しき開けた空間。そこには篝火が焚かれ、二十人近い侍と忍者が、厳かな態度で何かを見つめていた。
断頭台に寝かされた、ミコッテ族の女を。
「…………!」
ツトミが声を上げそうになった瞬間、サクノとユキが揃って彼女の口を塞いだ。
彼女が去ってから、まだ数日すら経っていないのだ。見紛う筈も無かった。あの断頭台に寝かされているミコッテ族は、間違いなく――――
「ツバキちゃん……!」
懸命に殺した声で呟くツトミの視線の先で、ツバキは断頭台の刃の真下に寝転がされ、終わりの時を待つだけになっていた。
「……ネズミか」断頭台の前に立っていたヒューラン族の男――カレハが、ツトミと目を合わせた。「あぁ、ツバキの同胞か。よくここまで辿り着いたものだ。流石はツバキの同胞だけは有る、か」
バレている。そう察したツトミは、姿を隠す事無く、篝火に照らされながら中庭へと足を踏み入れる。
「ツバキちゃんを、返して欲しい」
「ツトミちゃん……!?」
うつぶせに寝かされたツバキの、悲鳴染みた声が聞こえてくる。
カレハはそんなツバキの悲鳴に感情を動かす事無く、冷たい眼差しでツトミを睨み据える。
「出来ぬ。此奴の死は、我らが悲願」眼光鋭くツトミを睨み据えていたカレハは、小さく溜め息を零した。「……ようやっと見つけたのだ。よもや、ひんがしの国を出ていたとは露にも思わなかったがな……」
「お主らの主君は、暗君であったと聞いているが、それでも仇は討たねばならぬのか?」
ツトミの背後から出てきたサクノが、そう鋭く声を掛ける。
ツトミは思わずユキの姿を探したが、サクノは目配せして“彼女は隠れている”事を示した。
カレハはサクノの言葉にも感情が揺れ動く事は無く、淡々と応じる。
「そうだ。我らが主は確かに暗君であったろう。道を踏み外したであろう。それでも我らにとっては唯一の主、唯一仕えた主なのだ。我らは忠義を尽くす。主の仇は、必ず誅す。それだけだ」
「であるなら――」サクノが鞘から白刃を抜き放つ。「拙者の主が危険に晒されているのだ、貴様らも同じく凶刃に晒される覚悟は出来ておろうな」
殺気立ったサクノの牽制に、二十人近い侍と忍者達が、呼応するように殺気立つ。
「サクノさん!」
そこに声を差し挟んだのは、ツバキだった。
「ごめん、これは私の問題だから……“助けないで欲しい”」
「ツバキ殿!? 何を言って……」
「ツトミちゃんも! 助けに来てくれたんでしょ? 嬉しいよ、ありがとう。でも……このまま、何もせずに帰って欲しい。私の事は……諦めて、欲しい」
「ツバキちゃん……?」
何を言っているのか分からないと言った態で、思考が凍りかけるツトミとサクノ。何かしらの策が有ると見て良いのか、それとも本当に命を諦めているのか、判然としない声だった。
「やだよ、絶対に助ける」ツトミが、思考の檻から脱出し、声を上げる。「ツバキちゃんを、諦めない!」
「応さ! 如何にツバキ殿の言葉とは言え、それは呑めぬな!」ツトミの大声に気を取り直し、サクノは刀を構えた。「大立ち回り、して進ぜよう!」
「多勢に無勢でも怯まぬその気概……相応の武芸者と見受ける」カレハも、遂に双剣を抜刀する。「だが、この好機を逃すつもりは、無い!」
「ああもうっ、どうしてこう……!」ツバキが何事か悲鳴を上げていたが、彼女も意を決したのか、断頭台の下で簀巻きにされていながらも身動ぎを始めた。「火遁!」
縄の下で印を結んだツバキの口から、業火が走り出る。
その業火を冷静に見極めたカレハは、双剣を投刃し――断頭台が、滑り落ちた。
「――――ツバキちゃんッ!」
ゴトン、と。
全身を火達磨にしたツバキの首が、転がった。
「ああ、あ、あああああ、ああああああああああああ!!!」
ツトミの悲鳴が上がり、阿鼻叫喚の図が形成された。
「おのれっ、おのれおのれっ、貴様ァッ!」
刹那に距離を詰めたサクノの白刃がカレハを捉えるも、間際で叩き伏せられ、三人の侍によって動きを封じられる。
「よくも! よくも、主を……!」
怒りと屈辱と、悲しみで涙を流しながら、サクノが怒号を上げる。
カレハは冷たい眼差しをそれを見下ろし、小さく首を振る。
「案ずるな。これでこの連鎖は終わりにする」
「何を――――」
カレハは双剣を自身の首筋に当て、一息で切り裂いた。
鮮血が舞い、ツトミとサクノに血液が降りかかる。
「主の仇は討った。我らの忠義もこれにて終い。主を追い、我ら亡霊もやっと眠りに就ける」
「何、を……?」
「貴様らの主を誅した事、我らは悪だとは思っておらん。……我らとて、主を誅した者が落ち延びながら後を追うなどと言う不忠は出来なかったのだ」
バタバタと、致死量の血液が辺りを染め上げていく。
侍も忍者も、皆が刃を首筋に当てて、自刃を果たしていく。
「貴様らの仇は、これにて全滅。もう、仇討ちの連鎖は……これで……」
そこで、それ以上彼らが言葉を発する事は無かった。
パチパチと、何かが焦げる臭いと音を察知したサクノは、思わず振り返る。武家屋敷が、燃えている事に気づいた。
「ツトミ!? サクノ!? これ、何が起こって――」
ユキが、全身を血塗れにして駆け込んできたが、そこに広がる惨状を見て言葉を失ってしまう。恐らく彼女の元に居たであろう侍ないし忍者も、この中庭の惨状と同様に自刃したのだと推測できた。
「ツトミ殿! ひとまずここを出るで御座るよ!」
全身を鮮血に染め上げながらツトミを抱え起こすサクノに、彼女は一切の抵抗をしなかった。
脱力しきってしまった彼女が見据える先には、断頭台によって断絶された、黒焦げになった頭と体。
「ツバキちゃん……」
……それで、この物語は、どうしようもなくお終いだった。
🌠後書
連日の更新になります。ここで終わったら、ただひたすら悲しい物語ですが、この物語はもう少しだけ続きます。
最終話も更新してありますので、どうかそこまでお読み頂いてから、今までの物語を思い耽ってくださると嬉しいです。
それでは最終話で!
更新お疲れ様ですvv
返信削除「ああ、あ、あああああ、ああああああああああああ!!!」
聞いてないよ~!!
最終話に突入するです!
>とみちゃん
削除感想コメント有り難う御座います~!(´▽`*)
ああああああ!wwww
でしょうね!wwwwwww(笑)
最終話、ぜひお楽しみください!!!